ついてくる雪月の足音
投稿者:adooo (10)
ぎゅ…ぎゅ…ぎゅ…
また冬がやってきた。氷点を遥かに下回る地元の町では、玄関のドアを開けただけで全身の毛穴が緊張する。寒いのではない。頬が痛い。それでも、水分がすべて凍結しきった外の空気は澄んでいて、心地がよい。空には冬の星たちが寂しげに輝き、下弦の月がすべてを見下ろしていた。静けさにシン…となる雪道を歩くと、雪を踏みしめる音がぎゅ…ぎゅ…ぎゅ…と聞こえてくる。その音がたまらなく好きだったぼくは、冬を迎えると北の大地に帰省するのを常としていた。
ぼくは近くの店までちょっと買い物に行き、家に帰るところだった。さすがに北国育ちでも、真冬の凍てついた道路は気をつけないと新雪の下の氷に足を滑らせて転んでしまうことがある。ぼくは一歩一歩、足を置く場所を慎重に選びながら、薄暗がりの道を自宅めがけて進んでいった。
そのときだった。
なにか違和感がある。ぎゅぎゅ…ぎゅぎゅ…ぎゅぎゅ…ぎゅぎゅ…。ぼくの足音の少し後に、もうひとり分の足音が聞こえてくる気がする。ぎゅぎゅ…ぎゅぎゅ…ぎゅぎゅ…ぎゅ…。立ち止まると、それはどうもぼくのすぐ後ろで止まるらしかった。…。暑くもないのに、額に汗がにじむのを感じた。
ぎゅぎゅ…ぎゅぎゅ…ぎゅぎゅ…ぎゅ…。
駄目だ。何度か歩いて、止まって、を繰り返してみても確実に後ろになにかがいる。橙色の街灯がうすぼんやりと辺りを照らしている歩道には、視界に入るかぎり人っ子ひとり見当たらない。それなのに、ぼくの後ろにだけだれかがいて、しかもぼくが歩けば歩きだし、止まればいっしょに止まっている…。
小さいころに聞いたばあちゃんの話を、ふと思い出した。
「優太はコロポックルに会ったことあるかい。昔からこのあたりには小人さんがいるんだよ。恥ずかしがり屋だから、なかなか姿を見せないけどねえ」
「ばあちゃん、コロポックルって怖いの」
「こっちがなにもしなければ怖くはないけど、恥ずかしがり屋だから、姿を見られたくないのさ。だから、気づいても、気づかないふりをしておくんだよ」
「見ちゃったらどうなるの」
「さあねえ。見てしまったら、怒って、見た相手を生かしてはおかないらしいけど。なにしろ、見たってひとをばあちゃんも聞いたことがないからねえ。でも、優太。気づいても、気がつかないふりをするんだよ」
……。思い出してから、ぼくは軽く咳ばらいをして、なにごともなかったように歩きだす。ほどなくして自宅に到着したぼくは、背後の気配が急に消えた気がしたので、白い息をふうっと吐いてから思い切って振り返ってみた。ちらちらと降り続ける雪のせいで、ほとんど見えなくはなっているものの、僕の足跡のすぐ後ろになにか跡が点々とついているような気もする。でも、まわりには何の姿も見えはしない。
あれから何年か経つ。しばらくは足音がついてくることもなかったが、去年はどうしてか、まわりに二、三人分の足音が聞こえた気がした。今年の冬はあいつらに会えるのだろうか。何か昔馴染みに会うような気分だ。
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