廃屋の老婆
投稿者:夕暮怪雨 (11)
北陸地方に住んでいた女性S。Sは怖いものが大好きだったそうだ。学生時代などは休みを利用し、友人達と地域で有名な心霊スポットに肝試しに行くのが定番だった。特にSが連れ回したのが、幼馴染の男性Aだった。Aは怖いものが大の苦手で、怖がる彼の事を面白がり、Sを含め周囲は楽しんでいた。そんなある夏の日。地元から少し離れた地域に老婆の幽霊が出ると言われている廃屋がある事をSは人づてで知った。
いつものメンバーに加え、嫌がるAを強引に連れ、計4人で行く事にした。深夜、車を走らせ、件の廃屋へ向かった。行きは遠足のような雰囲気だ。車内で怖がるAを見て、ケラケラ皆で笑っていた。その廃屋は最近話題になった心霊スポットだったが、特に荒らされた形跡はなく、まるで少し前まで人が住んでいたのではと思う程だった。
真夏にも関わらず、中は異常に涼しく、空気も澄んでいた。廃屋とは思えない。皆、騒ぎながらライトを右往左往照らしながら戯けて歩いていた。しかし、お目当ての老婆の幽霊が出るような雰囲気もない。一階を探検し二階へ向かうも、拍子抜けする程、つまらないものだった。しかしAだけは違かった。いつも以上に怖がり、皆それを見て笑った。
結局、何も起こらずS達が期待した幽霊に遭遇するという目的は叶わなかった。帰りの車内も遠足の延長の様な雰囲気で賑わっていた。しかし、後部座席に座るAだけは違った。終始、口数が少なく、顔が青ざめ、下を向いていた。助手席からSが話しかけても梨のつぶてだった。地元に戻り、解散しようとするとAはSに深刻な顔をしながら、「もう二度と俺に関わるな」と話した。Sはムッとしながら「何で急にそんな事を言うのさ?」と返したが、Aは俯きながら無言でその場を立ち去った。SはAの豹変ぶりに驚きつつ、冗談混じりで「もしかしたら、あいつ、老婆に取り憑かれたのかもね」と笑って周囲にうそぶいた。
それ以降、SがAと会う事は無かった。
何故なら、そのあとすぐにSは亡くなったからだ。死因は車による事故死だった。
Aはそう私に説明しつつ、廃屋での出来事についても詳細に話してくれた。
あの日、廃屋に入ってすぐ、小柄で死人が着るような白装束を纏った老婆が玄関から現れた。
A以外誰もその姿に気づかず、騒いでいた。
老婆はその場にいる者達に向け、順繰り指をさし、「今日はこいつに決めた」と口に出した。すると子供の様にぴょんと飛び、前から腕をSの首に、足を腰に回し抱きついた。廃屋を徘徊する間、老婆はずっと、その体勢で集団の中にいた。皆、その異様な光景に気づいていなかった。Aはそれを指摘すると自分に目標が変わるのではと恐怖し、とにかく下を向くしかなかったそうだ。
老婆は何も話さず、ただ抱きつきながら、じっと笑い、Sの顔をすれすれの距離で眺めていた。吐息が彼女の顔にかかる音が聞こえるが全く気付いていない。それは車内でも変わらなかったそうだ。Aは直感で「こいつとは絶対に関わってはいけない」と感じた。そして車から降り、一目散にその場を去った。去り際、後ろを振り向くと老婆はAの方見ていた。それに気づき走って帰ったそうだ。
私が「Sは友人だったのだから、何かしら伝えてあげるべきだったのでは?」と質問すると、Aは「正直、人が怖がっているのを楽しむSの事が大嫌いでした。ここで縁が切れるならと思い、何も言わず立ち去りました。あの老婆?きっと元の場所に戻って、新しいターゲットを待ってますよ」と冷笑しながら答えた。
Aにとって、幼馴染のSも、あの日遭遇した老婆も、同じように関わりたくない存在だったのかもしれない。
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