だから私は、家族の誰もあの言葉を本気にはしていないと思っていた。あの出来事が起こるまでは。
帰宅して数日後、夕食の時間だった。
弟が学校での出来事を自慢げに話していた。
「算数のテストで100点、僕だけだったんだよ!」
「すごいじゃない!」
母が笑って弟の頭を撫でると、弟は嬉しそうに母へ甘えた。そんな光景は、わが家では珍しくなかった。
ゴトッ。
突然、グラスが床へ落ちた。
父だった。
父は自分でも驚いたような顔で、倒れたグラスを見つめていた。幸い割れてはいなかったが、水がテーブルやカーペットへ広がっていく。
「大丈夫?」
母は慌てて布巾でテーブルを拭きながら父に声を掛けた。
父はハッとしたようにグラスを拾い上げ、ティッシュでカーペットの水を吸い始める。
私も母に言われてタオルを取りに立ち上がった。
その時だった。
「……ごめん」
父が小さく呟くのが聞こえた。
どこか様子がおかしいような気がした。
それでも、その時は仕事で疲れているだけだと思っていた。けれど、あの日を境に父は少しずつ変わっていった。
「食べ方が汚い」「姿勢を正せ」「何回言えば分かる」
叱る理由は、どこの家庭にもありそうなものばかりだった。成長を思って、少し厳しく接するようになっただけなのだと、私は思っていた。
だから、母も私も深くは気にしなかった。
ある夜、雷が鳴った。
雷が苦手な私と弟は、揃って両親の寝室へ行った。さらに甘ったれの弟は、母の布団へ潜り込もうとする。
「怖いから、一緒に寝てもいい?」
母が笑って布団をめくろうとした、その時だった。
「ダメだ」
父の声だった。


























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