苦しそうな咳。
何か液体が喉に入り込んだような、湿った音。
「ごぼ……ごぼごぼ……がぼっ!!」
まるで水の中で必死に息をしようとしているような音でした。
それを最後に、音はぷつりと止みました。
翌日、どうしても気になってマンションについて調べてみました。
古い新聞記事を見つけたんです。
私の部屋の真下、一階の部屋で死亡事故が起きていました。
亡くなったのは知的障害のある男性。
浴室でラップの芯をくわえ、水の中で遊んでいたそうです。
ところが浴槽の中で転倒し、自力では起き上がれなくなった。
助けを呼ぼうにも声は出せない。
ラップの芯で呼吸しながら救助を待っていたそうですが、その芯は紙製でした。
長時間水に浸かり、芯は少しずつふやけて崩れ始めます。
溶けた紙と水が喉へ流れ込み、呼吸は徐々に苦しくなり……。
最終的な死因は、溺死ではなく窒息でした。
記事を読み終えた瞬間、思い出しました。
最初に聞こえていた「ふしゅー……ふしゅー……」という音。
そして最後の夜だけ聞こえた、
「ごひゅっ!! ごほっ!! ごぼっ!!」
あれはきっと――
私が毎晩聞いていたのは、亡くなるまでの一連の呼吸だったのでしょう。
最初はまだ息ができていた。
けれど夜を重ねるごとに、紙が崩れ、水が喉に入り、少しずつ呼吸ができなくなっていく。
私はその変化を、毎晩聞かされていたのです。
あの夜を最後に、その音は二度と聞こえなくなりました。
後日、調べてみるとあの日は命日だったそうです。
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