よくある話ではあったのですが、スタッフさんの中には本気で怯える子もいたため、夜の担当は私と店長である友人、そしてキッチンの男の子だけが入るようになりました。
相変わらず妙な気配がする時もありましたが、特に何かしてくる訳でもないし、そのうち気にすることも無くなりました。
ある日、いつものように閉店の作業をしていた時のことでした。
食器洗い機の洗浄をしていると、背中に視線を感じました。
もう慣れていましたし、特に気にすることもなく、作業を続けていました。
床に薄めたハイターをまいてブラシをかけていた時です。
ゴシゴシと前へ前へと進めていくうち、ダルダルのジーンズを履いた人の足が視界に入りました。
店長だと思い顔を上げましたが、違いました。
バサバサとした長い髪を真ん中に分けた女性でした。
唇をギュッと結んでいるのに、不自然に口角を上げてこちらを向いて立っています。
「ひっ…」と、声にならない声を出したまま、私はそこから動けなくなりました。
心臓が大きく胸を打ち、口から飛び出ていきそうで、息を吸うのも吐くのも忘れていました。
まだ入り口も裏口も施錠をしていなかったので、生きた人である可能性もありましたが、この際どちらでも構いません。
変質者にしろ、幽霊というものにしろ、目の前の女性から目が離せませんでした。
どこを見ているか分からないような虚ろな目は、決して笑っていません。
紫色をした唇は端を上げたまま、何かを呟き始めました。
食洗器のエラー音がして、意識が戻りました。
息を大きく吸い込むと、そのまま向かいの店舗にいる店長の元へ行き、引継ぎを頼んで急いで帰りました。
その日の話は、友人にだけ話しました。
友人は、私の話を信じたわけでは無さそうでしたが、その後は一人で閉店作業をすることは無くなりました。
それからすぐのことです。
友人の喫茶店が経営不振で無くなってから、友人夫婦は別居をしたのち離婚をしたと、風の噂で聞きました。
私の方はというと、転職をするも長くは続かずに、色んな職場を転々とし、今年の3月末、日雇いバイトを最後に職も無くなりました。
その間も何故か身の周りで不幸が続き、今まで順調だった家族や友達との交友関係も、そのほとんどが疎遠になりました。
病院代や香典、お見舞いも重なり、貯金は底をつき、クレジットカードも利用できなくなり、車を手放し、生命保険を解約しても借金は消えず。
そのうち私自身体調を崩すことが多く、右頬が腫れて口をきくことが難しくなり、高熱が続き、体中が痛み出しました。
眠ることができない日が続いて、頭が自分のものではないような感覚に陥っていました。
ショートヘアで明るかった髪の毛は背中まで伸び、荒れてブラシが通らない程でした。

























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