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不思議体験

ゴンゾウさんによる不思議体験にまつわる怖い話の投稿です

梅雨の晴れ間
短編 2026/03/19 07:00 85view

確かに、隣は無人だった。草が膝の高さまで伸び、瓦が数枚、庭に落ちたままになっている。周囲の家とは明らかに違う、放棄されたものだけが持つ独特の静けさがあった。

雨戸は、わずかに開いていた。

Aさんが言った通り、ほんの数センチ。私はしばらく、その隙間を見ていた。光が奥を照らしている。雨戸、ガラス戸、廊下、そして——

覗き込まなかった。

なぜそうしなかったのか、今でもうまく説明できない。ただ、覗き込んではいけないと思った。何かが、そう言っていた。

その時、背中に視線を感じた。

振り返った。Aさんのベランダは静かで、他の部屋にも人の気配はなかった。誰もいない。だが、見られている感覚は消えなかった。消えるどころか——

私は歩き出した。途中から、走っていた。

アパートから離れて、大通りに出て、初めて立ち止まった。息が切れていた。七月の昼間で、気温は三十度を超えていた。それなのに、背中だけが寒かった。

取材を終えて、三ヶ月が経った。

Aさんは今も同じ場所に住んでいる。「慣れましたか」と尋ねると、少し考えてから答えた。

「慣れた、というより——諦めた、という方が正しいかもしれません」

「何も起きないんです」と彼女は続けた。「ただ、見られている。覗き込まれている。それだけ」

それだけ。だが、それが終わらない。

この文章を書いている今も、雨上がりの日には少し気になることがある。

視界の端。物陰。廊下の暗がり。

気のせいだと思う。思おうとする。

ただ——

あの日、大通りで立ち止まった時のことを、時々思い出す。

背中の寒さ。息の切れ方。走り出す直前、もう一度だけ振り返りたいという衝動を、どうにか抑えた、あの感覚。

今も、あの衝動が、どこかに残っている。

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