影は、踏まれる前に揺れた。
三週間目の夜、共有スペースの鏡を見たとき、はっきりと理解した。
鏡の中の私は、最初に見たあの男と同じだった。動きが遅れ、声があとから落ちてくる。瞳だけが、揺れずに固定されている。
誰も説明しない。誰も止めない。
私たちは非常用ハッチを探した。夜の塩田へ出られる経路を見つけたとき、振動が足元から伝わった。
地上へ駆け出す。白一色の平原を走る。自分の体が二重に重なり、どちらが先に足を出しているのか分からない。
背後でハッチが閉まる音がした。
街に戻るまで、何日かかったのか覚えていない。
実家の前に立ち、「ただいま」と言った。
一拍置いて、玄関の奥から声が返った。
「おかえり」
家には誰もいなかった。
その夜から、午後二時になると、耳の奥で低いノイズが走る。時計を見なくても分かる。体が、わずかに遅れる。
証明写真を撮ったとき、プリントを見て息が止まった。
私の輪郭が何層にも重なっている。焦点の合っていない目が、写真の外を見ている。
撮影機の故障だと思い、もう一度撮った。
同じだった。
夜中、鏡の前に立つと、鏡の中の私は、ほんの一瞬だけ動きを止める。私が動いたあとに、遅れて追いつく。
あの施設のことを調べても、何も出てこない。塩田はある。だが地下のハッチは地図にない。
残りの三人がどうなったのかは知らない。
ただ、あの最初の男の瞳だけは忘れない。
狂っていたのではない。
待っていたのだ。
自分と同じ動きになる誰かを。
午後二時が近づくと、喉の奥で振動が始まる。
鏡の中の私が、ほんのわずかに先に瞬きをする。























※コメントは承認制のため反映まで時間がかかる場合があります。