私が小学生のときに体験したことを
書かせてください。
小学校三年生の夏休み、私は友人のマナミちゃんと二人で旧児童館に行きました。
私たちの住む街には、かつて、一つの大きな市民公園とそこに併設された児童館がありました。公園には、色鮮やかな楽しい遊具がたくさんあって、児童館は地元の子どもたちとその親にとっての憩いの場でした。
私が小学校に上がったころ、児童館は建物の老朽化を理由に取り壊されることになり、駅に近い場所に新しい児童館が建つと聞きました。それから、一ヶ月も経たないうちに市民公園で幼稚園児が怪我をして、公園が閉鎖されることになりました。
あの遊具が大好きだった私たち子どもは大変ショックを受けましたが、思い返せば、それらの遊具はとても未就学児が安全に遊べるようなものではなかったので、閉鎖も当然だったと思います。
ともかく、私たちは閉鎖された児童館と公園を、ぞれぞれ旧児童館と旧市民公園と呼び、そこで過ごした思い出を友人たちと語り合っていました。
話を小学三年生の夏休みに戻します。
その年の夏休みは、図工の先生から『郷土の風景を描く』という宿題が出されていました。図工の課題は毎年同じで、地元の観光名所や学校の校舎などは既に描き尽くされた風景でした。
そこで私は、親友のマナミちゃんを誘い、
例の旧児童館と市民公園を描くことにしました。
私たちの思い出の場所で、この街で一番大好きだった場所。これ以上のいいモチーフはないと、二人で画材を担ぎ、歩いて旧児童館へ向かいました。
この場所に来るのは二年ぶりでした。旧児童館とその周りは、私たちの記憶よりもずっと古びて、活気を失っていました。旧児童館の建物は何故か取り壊しの最中に放置されているようで、あちこちビニールシートが掛けられて、生い茂った雑草の隙間から転がった瓦礫が見えました。
大人になってからわかったのですが、そのとき駅の周辺で開発が進んでいて、児童館の近くにあった商店街や団地に住んでいた人たちも少しずつ駅の近くに移動していました。
ですから、その一帯は廃墟と呼んで差し支えない場所となっていました。
「どうする?ここで絵を描くの?」
「うーん……とりあえず、様子みてから決める。」
まさか、旧児童館がこんな様相になっているとは思っていませんでした。そこで写生する気にはとてもなれませんでしたが、取り敢えず思い出の公園も一目見ておきたいと思いました。
二人で雑草をかき分け、かつて公園があった空き地に入ったときでした。
「えっ……………」
私の先を行くマナミちゃんの、小さな声が聞こえました。
旧市民公園を囲む杭とロープ、「立ち入り禁止」と書かれたプラスチックの看板。
その向こうに、
黄色いバリケードテープでぐるぐる巻きにされた遊具の下に、
四人の男女が何かを囲うように立っていました。
スウェットやTシャツといった、ラフな格好をした中肉中背の男女。全員三、四十代の中年に見える。
その人たちが、下を向いたまま、微動だにせずに立っていました。
ふと、彼らの足元に目をやって、私は息をのみました。
重なる四人の足の間に人が見えました。地面に倒れている男性が。ポロシャツを纏った、ふくよかな体型の男性が四人の足元に横たわっていました。
目を閉じて、口をわずかに開いて、ぴくりとも
動かず。























※コメントは承認制のため反映まで時間がかかる場合があります。