エリは展望台にいなかった。
LINEには
「待ってたけど来ないから、先帰ってるね」
とだけメッセージがあった。
スタンプだけ返信して、展望台を離れる。
気づけば日が傾き夕暮れだった。
今日の仕事当番は俺は一人だったので、宿へ道を走って帰った。
宿に帰ってからは、玄関の片付け、食事の準備、食事の後片付けの仕事が待っていた。
玄関を片付けた際、今日宿泊する客数に俺とエリを加えた靴数が、今日の予約人数と比べて一人分足りなかった。
「今日ってトータル4組で、7人宿泊ですよね。靴が足りてないような…」
と宿の主人に尋ねた。
「んー?全員チェックイン済ましてるよ」
と主人の声がキッチンから聞こえる。
深く気に留めず、俺はキッチンに入っていった。
今日の仕事が終わり、一息ついた頃に宿の主人に今日のことを話した。
自室にいるであろうエリを呼ぼうとしたが、LINEのトーク画面ですぐに見つからなかった。そもそも怖い体験をしたのは俺だけだし、わざわざエリに怪談を聞かせるのは申し訳ないので呼ばなかった。
ところどころ、変な顔をしながら聞いていた主人は、重い口調で展望台に関する謂れを教えてもらった。
ここからは主人の話になる。
展望台の落成式。
あの日のことは、今でも覚えている。
20数年前だ。
駅のロータリーに集められた近隣住民に混じり、俺達は夫婦で参加した。この辺りに移住するにあたってご近所付き合いより大切なことはない。
去年の春から住み始めた私たちは地域のイベント事は全て参加するようにしていた。
この落成式もその一環だった。
この展望台建設にあたり、地元では一部から反対の声があったことは知っていた。
フレトイ展望台の「フレトイ」とは、アイヌ語で「丘が切れている場所」という名前だ。
この辺りはアイヌにとって、オホーツクを望む大切な場所であり、北海道の大地の終着点だったようだ。
建設当初から反対の手紙や電話が多かったと聞く。建設にあたり、この地では多くの貝や装飾品そして、人骨が出土したらしい。
しかし、そのどれもが土塊と見分けがつかず、
建設会社が強引に話を進めたようだ。
ロータリーに椅子を並べステージを設置した落成式には人はまばらだった。
落成式の際、市長から二つ隣の右端の席が空いていた。建設会社社長の席だ。
どうやら、落成式の後に皆で訪れるフレトイ展望台に先に向かっているらしい。
展望台から手を振って我々の到着を歓迎するのだという。
市長の話が終わり、集まった近隣の住民がゾロゾロと展望台を目指して小高い丘を登る。
人によって踏み固められた小道だったが、地面はぬかるんでいた。見晴らしは良いだろうが、そこへ登ることは躊躇った。
展望台入り口には人が集まっていた。
地元の新聞社のカメラマンは何枚も写真を撮っていたが、肝心の建設会社社長はいない。
「おかしいな、中にいるのかな?」
そう言った市職員は展望台の重々しい戸を開けた。
開けてすぐのところに建設会社社長は立っていた。
展示室の方を向いて。
「おぉ、ビックリした!○○さん、外で出迎える約束じゃないですか!」
市職員が話しかけたが、反応はない。
展示室の中を見下ろす社長の肩を市職員が引いた時、グラリと社長が身体ごと、こちらに揺れて横顔を覗かせた。
顎を引き、下を向いて涎が垂れた横顔を。
社長は上から掛かった太いロープで首を括っていた。























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