奇々怪々 お知らせ

ヒトコワ

本宮晃樹さんによるヒトコワにまつわる怖い話の投稿です

埋めるのが専門
長編 2026/01/01 23:55 156view

「そうそう、さっきの話の続きだけどな、笹本は現役を退いたけれども、結局例の仕事は辞められなかったそうだ」
 わたしは歩みを止めた。彼の声音には足を止めざるをえない迫力がこもっていた。
「なぜ彼は辞めなかったんです」
「考えてもみろよ。まともな勤め人に一度もならなかった奴をどこの会社が雇ってくれる? それに20年以上もフーテン生活をしてきたんだ、いまさら週5日勤務なんてできるわけがない」
「じゃあ、彼はいまもどこかの山に遺体を――?」
「そうなるな」

 唐突に、わたしは彼の荷物がどんなものだったかを思い出した。背負子にブルーシートをかぶせて、ビニールひもでぐるぐる巻きに固縛した謎の物資。このあたりには有人小屋はおろか無人小屋すらない。なんらかの物資を担ぎ上げる仕事の需要があるとは思えない。
「最後にひとつ」竹島さんは不気味なほど間を空けて、続けた。「これは老婆心から警告するんだが、今日俺に会ったことは他人にベラベラしゃべらないほうがいい」
 わたしは息を呑んだ。
「アンタなら当然、わかってると思うがね」

 下山完了は20時を過ぎてしまった。下山している最中、竹島さんが追ってきていないか、何度も確認したための遅れであった。

     *     *     *

 最後の警告から察するに、竹島さん=笹本さんなのはほぼ間違いない。
 ではなぜ彼は自分の犯罪歴を、得々とわたしに語ったりしたのだろうか。

 推測になるが、仕事中にわたしと遭遇してしまったからではないか。
 800メートル台の低山域で歩荷のような荷物を担いでいる男と、陽の落ちた山中で邂逅する――。こうした経験はインパクトが強く、記憶に残りやすい。目撃証言としては致命的になりうる。そうしたへまを打たぬよう、彼はいままで通り念入りに準備をしたはずだ。竹島さんにとって誤算だったのは、こんなマイナールートを日没後に歩いている登山者がいたことだった。

 姿を見られたからには、口を封じる必要がある。
 とはいえ殺害するにはリスクが高すぎる。すでに1体、隠匿しなければならない代物を抱えているのだ。1円にもならない死体遺棄を追加でやりたくはない。
 ではどうするか。わたしにそれとなく匂わせればよい。自分のことをしゃべったらどうなるかわかってるな、と。恐怖感を植え付けるには説得力のあるディティールが必要だ。そのためには手の内をある程度さらすのもやむをえない……。

 竹島さんが語ったような仕事が、果たして現実にありうるだろうか。
 堅気の領域で暮らすわたしにとって、それは想像の埒外にある。わたしにできるのはデータから類推することくらいだ。
 警察庁の資料によれば、令和5年度の行方不明者受理数は90,144人、所在確認者数は88,470人である由。

 差し引き1,674人が(少なくとも同年中には)発見されていないことになる。

 そのうちのいったいどれだけが、犯罪に巻き込まれているのだろうか。
 竹島さんは年間3~4件程度の引き合いがあると言っていた。1,674人すべてが殺害されているとは考えにくいが、控えめに見積もっても数パーセント程度はいるだろう。
 3パーセントと仮定して50人。竹島さんのようなプロがほかにいたとしても、十分同業者と共存できるほどの需要がある計算になる。

 暴対法が平成初期に施行されてからこちら、反社会的勢力のシノギにとって非常に厳しい時代が続いている。
 なにせ暴力団だと名乗るだけで手が後ろに回るのだ、従来のように看板を掲げた商売はできない。
 彼らは暴力団であることを示威的に誇示することで、有利にビジネスを進めてきた。それが封印された昨今、彼らのシノギは堅気の領域にどんどん食い込んできている。おのずから一般人との取引も増えるだろう。

 暴力団は感づいたのではないか。殺人という犯罪行為と堅気たるわれわれを結ぶラインを。
 そしてそれが新しいシノギになることにも。
 日本は殺人の検挙率が低いことで治安のよさを誇っているが、あの数値はあくまで警察機構に把握されている犯罪件数である。
 露見していない犯罪はこれに含まれない。暗数として文字通り闇に葬られている。それはわれわれの想定より、はるかに多いのかもしれない。

3/4
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