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笹本さんはオフシーズンのあいだ、年平均で3~4体の遺体を遺棄していたという。
〈YAMAP〉や〈ヤマレコ〉といった登山アプリを使えば、人通りの少ない登山道は事前にわかる(人気のフィールドは線が太く、そうでないルートは細く表示されるため)。それを参考にしていくつか山域を絞り込み、実地を何度か歩いて候補地を見繕うのがオフシーズンの準備仕事だったそうだ。
笹本さんは海外が主戦場だったとはいえ、日本の山にも人並みの愛着はある。ライトな山歩きを楽しみながらの候補地選定。仕事という感覚はなかった。
彼の仕事はその性質上、完全に不定期である。月に2件あるときもあれば、半年以上音沙汰がないこともある。それでも年平均あたり3~4件は安定的に引き合いがあり、笹本さんは北半球のオンシーズンである夏季を避けて受注していた。
仕事の〈繁忙期〉を冬季にすれば一般登山者の入山率は顕著に下がるし、低山域に出没するヤマヒルも気にしなくてよい。そのうえ地面を掘り返す習性のあるイノシシも沢沿いに降りるため、露見リスクが皆無になるというおまけまでついてくる。
まったく脱帽するほかない。笹本さんのプランニングには一分の隙も見当たらない。
仕事の窓口は2つあり、担当者はどちらも半堅気の男だったそうだ。
その男たちは元請け会社――おそらく暴力団――から仕事を受け、それを現場へつなぐ中継の役割を担う。中抜き分の手数料が彼らの収益となる。笹本さんは直接反社会的勢力と関わらなくてよいし、窓口の男は(トラブルさえ起きなければ)あいだを取り持つだけで濡れ手に粟の極楽身分を享受できる。
暴力団→中抜き業者→笹本さんという商流の構造上、元請けからの発注価格がいくらなのか笹本さんは知らなかったし、知る必要も感じなかった。窓口が2つあるおかげで相場感覚は掴める。受注価格を提示して先方が渋れば受けなければよいし、指値の場合も安すぎると感じれば値上げを要求する。このあたりは堅気のビジネスと同じである。
仕事の流れは次のようなものであったらしい。
窓口から依頼を受け、料金交渉などを経て受注すると、日時と場所を指定される。そこへ行くと車が1台停まっており、運転手が待機している(事前にコインロッカーの鍵を渡され、その中に車のキーが入っているパターンもある)。笹本さんは運転手と交代し、トランクに入っている代物を処理する。その後、車を返却して仕事は完了だ。
指定場所への集合はお互いに時間厳守であったそうだ。目的もなくブラブラしている人間や車両が長期間滞在していれば、いくら目立たない場所を選んでいるとはいえ人目につく。そこから足がついてお縄になるケースは枚挙にいとまがない。
料金収受は前払いで半分を、完了後に残りを受け取る二段構えが多かったそうだ。これは形式的なもので、実際は一度受けたら仕事を完遂するしかなかった。窓口を挟んでいるとはいえ、発注元は暴力団である。前金を受け取るだけ受け取って職務放棄をすればどんな目に遭うか、末路は容易に想像がつく。
妙な話であるが、依頼者と受注者双方の信頼の上に成り立つ商売であったらしい。
笹本さんが実績を積むにつれ、仕事の引き合いはうなぎ上りとなり、捌ききれないほどになったそうだ。
死体遺棄の成功可否を測るものさしは当然、〈露見した件数〉である。警察機構は死亡届の出ていない遺体が発見されれば原則、殺人事件を前提に捜査を開始する。治安維持という本来の目的以上に、犯罪者をみすみす逃がすのは警察官にとって沽券に係わる重大事だ。捜査には力が入る。遅かれ早かれ発生元の特定は避けられない。
死体遺棄専門職の優秀さは、依頼者の検挙率と反比例するわけだ。
笹本さんサイドにも仕事の質を高めるインセンティヴはいくつかある。
まず考えられるのは自衛であろう。遺体が発見されれば当然、司直の手が自分にも伸びてくる可能性はある。そうでなくとも殺人を犯した人物が逮捕されたあと、元請けの暴力団や中抜き業者が従犯であることを自供し、そこから笹本さんの名前がリークしないとも限らない。手抜き仕事の代償は自分自身に跳ね返ってくる理屈だ。
それに加えて、受注件数の増加も見込めただろう。中抜き業者という窓口を介しているとはいえ、現場仕事の実務者の名は優秀であればあるほど、口づてに知られていくものだ。同じ料金なら誰だって高品質を求めるものだし、そのクオリティ如何で刑事訴訟の対象になるか否かが決まるのなら、笹本さんの〈指名料〉という名目で料金の上乗せも狙える。
笹本さんの仕事は非常に高品質であったらしい。徹底したリサーチと山屋としての勘を駆使した専門性は、他の追随をいっさい許さなかった。彼に司直の手が伸びたことは一度もないし、依頼者からクレームがついたこともないそうだ。これは依頼者の検挙率が0パーセントであったことを必ずしも意味しないが(暴力団のような超絶縦社会の場合、実際に罪を犯した者は下っ端をスケープゴートに仕立てることが多い)、それに近い数字ではあっただろう。
彼は数年で仕事を選べる立場にまで上り詰めた。突発的な殺人が発生元であるような危ない橋は渡らず、はじめから露見リスクの低い案件を妥当な値段で受注する。生活費や渡航費用といった些事に煩わされることなく、彼は思う存分海外遠征を楽しんだらしい――。
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話に区切りがついたところで、わたしは適当な理由をつけて腰を浮かせた。時刻は18時を過ぎていたし、死体遺棄専門職などという身の毛のよだつ仕事の話を淡々と語る竹島さんと、これ以上関わり合いになりたくはなかった。
たとえ知り合いの話だとしても、犯罪者の半生を初対面の人間に世間話として披露するだろうか。彼の感性もどこか狂っているとしか思えない。
「それでは僕はこれで」
「ああ、気をつけてな」
陽の落ちた山中は真の闇に包まれている。竹島さんがどんな表情をしているのかはわからない。
逃げていると思われないようゆっくり歩き始めたところで、後ろから声をかけられた。























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