その町に越してきたのは、昭和五十六年の夏のことだった。
蒸し暑さと、蝉の鳴き声に包まれた八月初旬、咲子はまだ
生後三ヶ月の娘・心美を抱きながら、古びた平屋の玄関先で
深く息を吐いた。
夫の裕一、そして小学校三年生になる長男の隼人と共に
この町での新しい暮らしが始まろうとしていた。
家は裕一の実家だ。数年前に父親が亡くなり、ひとり残された母
佳代と同居する形で、家を継ぐことになったのだ。
町は東北の山あいにあり、鉄道も通っていない。
最寄りのバス停まで徒歩二十分、スーパーも一軒きり。
東京から移ってきた咲子にとっては、まるで
時間が止まったような場所に感じられた。
家の中は、田舎ならではの広さ、畳と木の香りが残っていた。
ところどころに古い仏具や見慣れない民芸品が置かれ、
どこかしら薄暗い。
「この部屋を心美ちゃんに使ってちょうだい。
西日が入らないから涼しいしね」
佳代は仏間の隣にある小さな和室を指さした。
咲子は曖昧に笑いながら頷いた。
義母とは決して険悪ではなかったが、気を遣う相手には
違いなかった。
特に、この土地特有の風習や考え方には、まだ馴染めずにいた。
「お義母さん、そういえば……お盆って、何か町内で決まりごととかあるんですか?」
夕食後、団欒の中で咲子がふと思い出してそう尋ねると
佳代はふっと目を細めた。
「あるよ。……“ろうそくだせ”っていうのがあってね」
その言葉を聞いて、隼人が顔を上げた。
「それ、学校で聞いた!子どもたちが“ろうそくだせ〜、だせよ~
ださないとかっちゃくぞ〜”って歌いながら、お菓子もらいに回るんだって!」
咲子は小さく笑った。「まるでハロウィンみたいですね」























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