川沿いにある友人の家に、初めて泊まったのは梅雨の夜だった。
窓を開けると、流れの音がやけに近く聞こえる。川までは道を挟んで少し距離があるはずだが、まるで縁側の下を水が通っているように響くのだ。
夕食後、友人は昔話を始めた。
「この辺りじゃな、夜中に川を覗くと連れていかれるって言うんや」
笑いながら話すが、その笑顔はどこか引きつっていた。
夜半、雨音に混じって水面を叩く音がした。窓から覗くと、川の中央に黒い影が立っている。人影だ。膝まで水に浸かり、じっとこちらを見ていた。
瞬きをした瞬間、その影は消えた。
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二度目にその家を訪ねたのは、夏祭りの夜。
友人は来客の相手で忙しく、私はひとりで裏手の廊下を歩いた。廊下の先は勝手口で、扉の向こうに濡れた石段がある。
段を降りるごとに湿った匂いが濃くなっていく。
なぜか、足音が水を叩くように響いた。
そのまま進むと、石段の下は川面になっていた。
見上げると、家の縁が逆さまに映っている。
ふいに、水面の下から泡が立ちのぼった。
誰かが、そこから這い上がろうとしているように。
背筋が冷たくなり、引き返そうとしたとき、背後から声がした。
「……見つけた」
振り向くと誰もいない。けれど足首に水の冷たさがまとわりつき、離れない。
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三度目に訪ねたとき、友人はもういなかった。
近所の人いわく「夏祭りの晩から帰ってこない」のだという。
家は空き家になっていたが、私はなぜか鍵を持っていた。
そして気づく。あの川音は、最初から二階の窓辺で聞こえていたのではなく、私の耳のすぐそばで鳴っていたのだと。
今夜も雨が降っている。
私は勝手口を出て、石段を降りる。
膝まで水に沈み、ゆっくりと顔を上げる。
水面の向こうに、小さな灯りが揺れている。
友人の家だ。
窓辺に人影が立っている。こちらを見ている。























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