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不思議体験

黄昏さんによる不思議体験にまつわる怖い話の投稿です

雨の日の話。
短編 2025/08/02 18:36 662view

小学生の頃に住んでいた場所の近くには小さな山というか、雑木林みたいなものがあった。その頂上付近のエリアには、開拓して作られた霊園がひっそりとあった。墓地だけあって昼間でも人気は全くないものの、家庭菜園に毛が生えたくらいの畑はあり、都会の中にある箱庭みたいな取り残された空間めいて、昼間でもしん、とした空気だったのを覚えている。

私は近所に住む親戚のおじいさんがいて、おじいさんの飼っている犬とも仲が良かった。犬種は大型犬だったが、散歩コースにはその墓地があって人気のなさもあり、リードを外してよく犬と遊ばせてもらっていた。大人しい子で逃げることもなかったから出来た事で、今なら危ないと批判もきそうな遊びをしていた。

そんな危機感の無さが、年齢を重ねた今なら過ちだと分かるものの、興味本位と実行したい気持ちから、勝手な真似をしてしまったことを後悔と反省はしている。所詮、小学生のクソガキがしたことだと笑って欲しい。

親戚のおじいさんと一緒にしていた散歩だったが、ある時一人で犬を無断で持ち出して散歩したことがあった。勿論、向かったのはあの墓地だ。勝手知ってる振る舞いで犬にリードをつけると力強く喜び、尻尾を振って飛びついてきてくれた。私もそれに答えてやろう!と一丁前に大人の振る舞いを見せて、なんとか制御できる大型犬と共に墓地へと向かった。

いつも通り墓地でリードを外して、遊び始めて少しした頃だった。途中で雲行きが変わったのか、雨が降り出してきた。私の住む県ではこういった狐の嫁入りめいた雨が多く、またか……と嫌になりながらも、雨宿りできる場所を探した。狐の嫁入り程度の雨ならば、数分もすれば止むことが多いからだ。散歩を中断するほどでもないと。

閃いた私が思いついた雨宿りの場所に選んだのは、空洞となっていた墓の中だった。こちらでの墓は比較的大きなもので、人ひとり程ならば、難なく入るスペースがある。入り口が開いていた墓のひとつに恐る恐る入って、身を縮めた。雨が降る音も墓の中に入ると遠く聞こえる程度になった。そのうちに雨脚は強くなり、まるで牢獄の中に閉じ込められたかのように、墓の中から出るにでられなくなってしまった。降り出した雨の中、帰る選択肢は無かった。犬を無断で持ち出したことも含めて、余計に帰りたくないと心細くなっていた。

そうだ、犬!私はすっかりとリードを離していた犬の事を忘れていて、雨から身を守るために隠れてしまっている。犬の嗅覚の鋭さは知っていたけれど、探しにも来ず気配がなくなってしまったひとりぼっちの空虚に耐えられず、私はとうとう泣いてしまった。

こんなことするんじゃなかった。一生分の何割かをここで使ったほどに後悔するほどに泣いて、雨脚が弱まるのを必死に待っていた。十二分に長い時間、雨は降っていた気がする。(母に後々聞いたら、私が出かけて一時間ほどしか経ってなかった)

雨の音が弱くなった頃だった。ひたひたと水たまりを歩く音が鳴った。早くはないゆっくりとしたスピードの音に私は飛び出しそうになるのを堪えて、墓の入り口からは見えない位置に身体を移動させた。犬の足音は、もっと早いし軽い音がする。それに犬ならとうに見つかっている。なら、

急にぞわりと鳥肌が全身を覆った。幽霊か人間かどちらであったとしても、恐怖で失禁してしまいそうだった。ひたひた、ひたひた。足音は水たまりの上を歩いていて、足音は遠くなっていく。私はゆっくりと顔を出して、左右を確認する。靄のかかった雑木林は奥行きが見えない。ひたひたと、また足音が響く。墓地の通路は一方通行であり、飛び込んだ墓は真ん中に位置していた。

戻ってくる!
早く逃げなきゃ、早く、はやく、はやく。

私は急いで入り口から飛び出す。

ぴちゃっ、と、うなじになにか冷たいものが落ちた。鳴った音の正体も確かめずに振り向かずに、私はもつれる足を動かして走った。外から泣きながら帰ってきた私に母は驚きつつも、理由を聞いて大層叱られた。ちなみに犬は先に帰って来ていて、怪我もなく無事だったのが幸いだった。

しかし、今も雨が降るたびにあの時のひたひたと鳴った音が怖い。

それにだ。視界の端にいたあの黒いイキモノ、それが一体何だったのかは考えたくない。私は幽霊が見えるわけじゃないし。

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