母方の実家の話です。
私の叔父が小学生の頃の話ですが、母方の実家は夜中に獣の鳴き声が響き渡るような田舎でしたので、山や畑に川といった田舎特有の遊び場によく繰り出していました。
なかでもお気に入りだったのが、少し離れた場所にある手入れのされていない山でした。
母方の実家の地域では化石が発掘されており資料館や採掘体験があるくらいには賑わっていました。そしてその山にもちょうど断層があり、そこから植物や虫の化石が見つかるのです。
ある日のこと、いつものように叔父は友人のしげちゃんといっしょに化石を探しにいきました。時間は夕暮れより少し前、仄かに空が赤く色づいた頃です。
岩肌の露出して足場の悪い道を歩いて、やっとのことで叔父たちはその断層につきました。日が見えなくなると化石を探すことだけでなく、誤って道からずれ落ちて大ケガをしてしまいますし二人とも無我夢中で化石を見つけていました。
シダ科の植物や何かの枝、貝の化石を幾ばくか、少々こぶりですが幼かった叔父は喜んでそれらを見つけ出ししげちゃんに自慢しようとします。しかし辺りを見渡してもしげちゃんはいません。
「あいつ、鈍いし落ちたか!やべ…」
しげちゃんは好奇心旺盛でしたが少々不器用なとこもあり、化石探しに夢中で何かやらかしたのかと叔父は考えました。丁度夕陽が差し掛かり空が暗くなろうとしていましたし、叔父はしげちゃんの名を大声で叫びながら彼を探しました。
悪路を進み別の断層付近に来た時、一際大きな悲鳴を叔父は耳にしました。それはよく聞くしげちゃんの悲鳴といっしょでした。慌てた叔父がすぐにその方向へ駆け出すと、夕陽に照らされ尻餅をつくしげちゃんの姿がありました。
「なんじゃ、あんな大声だしてぇ!」
見た限り怪我もないしげちゃんの姿をみて安堵と少しの怒りを含め叔父はそう叫びました。しかししげちゃんの様子がどこか変でした。しげちゃんは尻餅のまま大きく口を開け掠れた声を風のように発していました。近くで見ると、小便を漏らしたまま、しかしその事を気にすることなく、ただ一点を見つめていました。
「お前…なに見てんの…」
何か尋常じゃないものを感じた叔父はそう尋ねたまま、しげちゃんだけを見つめていました。するとしげちゃんがあ…あ…、と言葉にならない様子で彼の目前を指差しました。それを合図に叔父も決心して、その方向に目を向けました。
虫です。そこには虫の化石がありました。
ただし、その姿は異様でした。当時の叔父の数倍も大きく見た目は昆虫のたがめの様で、しかしながら虫にあるはずもない、何かの動物の骨を合わせた八本足。形容するにはあまりにもおぞましいものでした。
その姿に叔父も怯みましたが、まだその時は、化石の異様さに寧ろ興味が勝りどうにか耐えていました。
ボロッ、パラァ…
断層に潜む虫の化石はその目を叔父としげちゃんに向けました。虫のもつ無機質な目、化石とは思えないほどの潤いに満ちた目は夕陽を浴びてより一層輝きを増していました。その奇妙さにやっと叔父のなかに恐怖が沸き上がりました。
怒号とともに叔父はしげちゃんを担いで山を降りました。山は何かが蠢くようにざわついてる感触を生み、真横にある叔父の採掘した断層は今やあの化石が這い出る感覚をうえつけてきます。
やっとのことで家の付近にやって来た頃にはもう陽は落ち、辺りは真っ暗でした。しかし先程の夕陽の中の恐怖に比べればへでもありませんでした。
大泣きして眠りこけたしげちゃんを家まで返して叔父はやっと自分の家に帰りました。ポケットにあった化石は川に投げ捨てて。
私が小学生の頃、その話をした叔父は私にその山に行くようにせがまれていました。甥っ子の甘い声に唆され叔父は数十年ぶりにその山に向かいました。
山にはその断層はなくなっていました。崩れて消え去ったのでしょう。叔父はどこか懐かしくも安心したかのような目でかつてあの化石が佇んでいたであろう場所を眺めていました。
時間は朝日が差し込み目が眩む、全てが夢のような初夏の頃でした。

























※コメントは承認制のため反映まで時間がかかる場合があります。