カョエメ
投稿者:鰯屋 (2)
古今東西、あらゆる場所で「山」には魔物が潜むだとか、人の理解を超えたモノが巣食うだとか囁かれており、特に夜の深山などはそれを裏打ちするのに十分な神秘性があるように感じる。
かくいう私も山で何度か不可解なモノを目撃したことがあり、今回はその内の一つをお話ししたい。
その日は残暑厳しい初秋の頃で、雲一つ無いカラッとした空からは、鬱陶しいほどに太陽が照りつけていた。
私は趣味の自然観察を楽しむため中国地方のとある山地に出向いており、まだ人里近い場所でキノコの探索に熱を上げていた。
当時は連日の猛暑日であったが、草木の生い茂った普段の森林内部は、程よく日光がカットされる理想の避暑地である。
尤も、この日は直前に接近した台風のせいで湿度も不快度指数も急上昇。
決して長居したいと思える環境ではないが、キノコ観察にとってはこれ以上無い好条件だった。
探索開始から程なくして多数のキノコが姿を現し、私は高揚しつつシャッターを切るなり細部を観察するなりしていた。
しばし時間が経ち太陽も天頂に登ったころ、既に相当数を観察して満足していた私は、「帰りは近くの小川にでも寄ってみようか」などと考えつつ、木の根元にしゃがみ込んでいた。
ちょうどそこに生えていたキノコを観察していたのだが、ふと気づくと頭の上に何か気配を感じる。
カラスか何かだろうとは思いつつ、確認のために視線を上げるとそこには木の幹にへばりつく、硬そうな毛がまばらに生えた鼠色のなめし革のような「何か」がいたのだ。
奇妙なことに私はその厚みの無い「何か」を視界に捉えた瞬間、確かにソレと目が合ったことを実感していた。
ソレは表面に起伏も無く、ましてや目も口も何も無かったというのに。
更に異常だったのは、当時の私が現在の知識やネット検索を総動員してなお、未だ理解できないソレに対して何の疑問も、関心も持たなかったことだ。
「珍しい、カョエメがいるな。宇宙船みたいじゃん?」そう感じたことをよく覚えている。
目線を根元に戻して20秒ほども経過したころ、ようやく異常に気がついた私が慌てて視線を上に戻した時には、既にその「何か」は姿を消していた。
「今日は降りた方がいい」そう感じた私はその後速やかに下山し、何事も無く帰宅したのだった。
改めて調べてもそんな生物の情報は無いし、ましてやソレの呼び名と思しき「カョエメ」なる単語が、どうして頭に浮かんだのかもわからない。
まるで、その瞬間だけは全く違う常識が脳に適用されていたかのようだった。
幸か不幸か、自身の認識している限りでは「何か」とは未だ再会していない。
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