夫の影
投稿者:セイスケくん (20)
私にはIT関連の仕事をしている夫がいる。
彼は真面目で責任感が強く、プロジェクトの締め切りが近づくと夜遅くまで働くことが多い。
普段は疲れていても、家に帰れば笑顔で「ただいま」と言ってくれる。
その日も、夫から
「今日も遅くなりそうだ。先に寝てていいよ」とメッセージが入った。
ベッドに入ろうとしたが、なぜか胸騒ぎがして眠れない。
窓の外を見ると、月明かりが静かな街を照らしている。なんとなく落ち着かず、私は車に乗り込んだ。
エンジンをかけ、深夜の街を走る。街灯の明かりが車内を不規則に照らし、心のざわつきを増幅させる。夫のオフィスビルに近づくと、周囲は深い静けさに包まれていた。
車のエンジン音すら場違いに感じられるほどだ。
会社の駐車場に車を止め、ビルの窓を見上げる。3階の夫の部署のフロアから淡い光が漏れている。スマートフォンを手に取り、時間を潰そうとしたが、指が震えて画面をうまく操作できない。
そのとき、背筋に冷たいものが走った。
誰かの視線を感じる。思わず顔を上げると、3階の窓際に人影が立っていた。暗闇の中でも、その視線がこちらに向けられているのがはっきりとわかる。
夫だろうか?しかし、何かがおかしい。姿勢が不自然で、まるで動いていない。
もう一度よく見ると、オフィスの奥にもう一人の人影が見える。
デスクのあたりで忙しそうに動いている。その動きは、間違いなく夫のものだ。では、窓際に立っているのは誰なのか。
心臓が激しく鼓動を打ち、呼吸が浅くなる。冷静になろうと深呼吸を試みるが、手の震えは止まらない。意を決して車から降り、オフィスの入り口へと足を進めた。
夜風が肌に冷たく、全身に鳥肌が立つ。
ビルのロビーに入ると、冷たい空気と静寂が迎えた。照明は最低限しか点いておらず、薄暗い空間が不気味さを増幅させる。
エレベーターのボタンを押す指先が冷たく感じられる。ドアが開くのを待つ間、もう一度夫に電話をかけた。しかし、呼び出し音が虚しく響くだけで応答はない。
そのとき、背後から微かな足音が聞こえた。
振り返ると、そこには夫が立っていた。驚きと安堵が同時に押し寄せる。
「待たせてごめん」と彼は微笑んだ。
しかし、その笑顔には何か違和感があった。
肌は血の気がなく白く、目の光がどこか虚ろだ。
普段は汗ばんだ額も乾いたままで、まるで生気が感じられない。
「大丈夫?仕事、大変だったんじゃない?」と尋ねると、彼は少し間を置いて
「ずっと働いてたよ」と答えた。その声は冷たく、感情がこもっていないように感じられた。
二人で駐車場へ向かう道すがら、夫は一言も話さなかった。
私は何か話題を探そうとしたが、言葉が出てこない。隣を歩く彼からは、いつもの温かさが感じられなかった。
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