珍しい苗字でもないから、と許可をいただいた、「佐藤さん」という方の体験談を聞いた時の話です。
彼は結婚を機に妻の実家のあるAという場所に住むようになり、そこで数十年近く暮らしています。
Aがすっかり第二の故郷になった頃、知り合いからある話を聞いたそうです。
その知り合い曰く、「郊外にある小さな池に東京ナンバーの車が数台頻繁に停まっている」と言うのだそうです。
佐藤さんはそう噂するようなことでも、と思ったそうですが、近隣の場所でもない他所から見知らぬ人が頻繁に来るというのは物々しく感じるのも故のないことではなく、佐藤さんはそれとなく様子を見てみることにしたそうです。
その池は特に何の変哲もなく、水は濁っていて何か珍しい生物がいるかのような気配もありません。
やぶ蚊の飛ぶこの場所に東京からわざわざ来るというのも確かに変だなと思っていると、不意に背後から車のエンジン音が聞こえたそうです。
まずいか、と思っているうちに二台の車が池の前に停まり、それぞれから二人ずつ若い男達が降りてきたそうです。
「あの、関係者の方ですか?」
彼らのうち一人が佐藤さんにそう話しかけてきたそうです。
この池が誰の管理下にあるかは分からないが、彼らは特に許可を取っているわけでもないのではないか…と気づき、佐藤さんは「よりまずいことになったな」と内心思いつつ「いえ、散歩で通っただけですよ」と嘘ではないごまかしをしたそうです。
彼に話しかけてきた若い男は人当たりの良さそうな好青年だったそうで、「全然見ていてもらっていいですよ」と言いつつ車から色々と機材を持ち出して何かの準備を始めたそうです。
「あの、何をしているんです?」と佐藤さんが若い男に聞くと、彼は少し迷ってから「実はこの池にホタルを定着させるプロジェクトの準備をしているんです」と答えたそうです。
池の管理者が誰かも知らないのに?と思いつつ、「邪魔しちゃ悪いから」と理由をつけて彼はその場を離れたそうです。
ゆっくり歩いていると三人がずっとこちらを目で追っているのが分かって、佐藤さんは久々に冷や汗をかいたそうです。
それから数日後、その噂を持ってきた知り合いにこの話をすると、彼はまた噂話を持ち出したそうです。
なんでも「彼ら」と話したのは佐藤さんだけではないらしく、犬の散歩をしていた人がやはりあの池にやってきた四人と話したそうです。
その人が言うには「この池を埋め立てる準備をしに来た」と語っていたらしく、どうも会う人会う人に違う話をしているようだ、と分かったそうです。
これはあまり関わり合いにならない方がいいかと感じて、佐藤さんはその池に近づくのはやめたそうです。
それから少し経ったある日、空が白んできた早朝に突然響いたサイレンの音で佐藤さんは目覚めたそうです。
何かあったのかと思って起きてみると、妻が電話で誰かと話しているそうです。
受話器を置くと、彼女がたった今友達から聞いたという話を聞かせてくれたそうです。
…「あの池」で若い男の遺体が見つかったそうです。
東京ナンバーの車で乗りつけ、足を滑らしたのか自殺するつもりだったのか、とにかく池に沈んでいたそうです。
佐藤さんには若い男と聞いた時、あの好青年の顔が思い浮かんだそうですが、さらに奇妙な話が続いたのだそうです。
曰く、調べてみるとその車の中から大量の人形が出てきたそうです。
見ていた人が言うには大きいものから小さいものから、日本人形からキャラもののぬいぐるみから、とにかく大量に出てきたそうです。
そしてそれを警察官の方が二人で調べていたそうですが、突然一人が悲鳴を上げたそうです。
もう一人が「どうした?」と聞くと彼は怯えながら「車の中に置いてあった人形が起き上がって窓に近づいてきた」と叫んだそうです。
妻はすっかり背筋が寒くなったようで、怖がりながら朝食の準備をしていたそうですが、佐藤さんはこの「怖い話」について随分考え込んでしまったそうです。
最近の投稿の中ではまともな作品ですね。面白かった