田中くん
投稿者:泥沼 (2)
「オレはさ、やらないと言うんだが、アイツは10、9、8、7——っと、数を数え始めるんだよ。で、数え終わると、追いかけてくるんだよ。必死にさ、顔面に笑みを溢れさせてさ」
必死に語るAに申し訳ないが、笑いが止まりません。
そんなユーモアな夢を見ているのかと。
いい年過ぎたおっさんが何を怖がっているのかと。
「笑い事じゃねぇーんだよ!! お前らぁ!?」
Aは叫んだ。拳を床へと叩きつけます。
料理が乗ったテーブルが、ドンっと大きく揺れました。
「毎日毎日アイツが夢の中に現れて、昼休み終わりのチャイムが鳴るまで……オレはずっと逃げてるんだよ、アイツからさ」
お調子者だったAには思えないほどに焦燥していました。
頭をクシャクシャと掻き荒らしながらも。
「……同窓会ならアイツに会えると思ってたのに」
そしたらさ、と静かな声で続けて。
「もう追いかけないでって言えるのになぁ」
「別に捕まっても大丈夫だろ? 田中鬼ごっこだろ?」
田中鬼ごっこ通りのルールならば。
Aが捕まえられたところで、田中が十秒数えるだけ。
それならば、Aがわざわざ怖い目に遭うはずはないのですが。
「……捕まったらヤベェー気がするんだよ。肌感覚で分かるんだよ。夢の中でアイツに捕まったら……オレは死ぬってさ」
夢の中で始まる鬼ごっこ。
捕まったら死ぬなんて、ファンタジーの世界です。
「笑っていられるのも今のうちだからな!! お前らだって……オレの立場になったら……分かるよ、絶対にさ」
僕たちはAの話に馬鹿笑いしていたのですが……。
三ヶ月後、Aが亡くなったと連絡がありました。
心筋梗塞が原因だと聞き、お通夜だけ参加しました。
妻子を残して一人若くして死んだA。
同窓会振りの仲間たちと顔を見合わせます。
式は無事に終わり、帰ることになりました。
「田中に捕まったのかな……?」
場を和ますために、誰かが言いました。
それに釣られるように、他の誰かも返します。
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