叔父の思い出
投稿者:ぴ (414)
なんで?と私は思いました。
母に「この子だよ」と言いましたが、母は私が言いたいことをちっとも理解してくれませんでした。
私がさっき見た子だと言いたかったのは伝わらなくて、「生きてたら同じ年くらいだったのにね」と母は悲しそうに言いました。
親戚のおじさんはとても寂しげで二人の間はしんみりしており、私は後に写真の子が死んでいることを知ったのです。
あの日のことで分かったのは、私の誕生日会にやってきたあの子がもう死んでいる子だったということです。
まだ幼くてその場では良く分かっていませんでしたが、大人になるにつれて、それを理解していきました。
そして、あの場でその子を見たのは私と叔父だけだったということです。
母が言うにはですが、叔父は昔から霊感体質だったみたいです。
よく何かを見たと話して周りを怖がらせたと聞きます。
このせいで、何度か虐められたこともあると母から聞きました。
慣れていたからこそ、私を救ってくれたのかもしれません。
私はそんな叔父と違って霊感はほとんどありません。
しかしあの日だけは死者がはっきり見えました。
あと数日で誕生日を迎えられる予定だったのに亡くなってしまったあの男の子は、よほど、やり残した誕生日会に執着があったのでしょう。
知らずに鏡台の下に入り込んで男の子に接触していたら私はただでは済まなかったのではないかと思うのです。
叔父が早くに亡くなったのは持病のせいと聞きます。
ですが、母は弟に持病なんてなかったと言っていたことがあったのです。
母の記憶も混乱していたので、どれが正解なのかは分かりません。
ですが、私は本当に持病だったのかと疑っているのです。
あの日も危ないかもしれないのに、自分の身を挺して「見てはいけない」と叔父は私に注意してくれました。
おそらく私が心配で、男の子を探し回っている間、ずっと後ろから着いてきてくれたのではないかと思います。
そういう性格の叔父ですから、あんなに早くに亡くなったのもその霊感のせいなのではないかと疑ってしまうのです。
ほとんど霊感がないという私ですが、たまに波長が合う日は幽霊らしきものを見てしまうことがあります。
それはきっと叔父譲りのものなのでしょう。
そんなときは叔父に言われた「見てはいけない」という言葉を思い出し、なるべく目線を合わさないように気を付けています。
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