ガラスの糸
投稿者:砂の唄 (11)
「こうなったらさ、先生に相談してみよう。俺達じゃどうにもならない」
ケンは首を縦には振らなかった。ケンが納得しない理由もわかる、私達のあの日の行動はまごうことなき不法侵入であり、先生へ相談するということは犯罪行為をわざわざ白状することと同義だった。受験前にそういう問題行為が発覚することの不安というのも分からないでもなかったが、そのことを承知で私はケンを説得した。最終的には「スズのことが一番大事だろ」という私の言葉に感化されたのかケンは私の提案を受け入れた。
次の問題はどの先生に相談するかということであったが、こちらは最初から目星がついていた。私のクラス担任の佐野先生だ。佐野先生は30代前半ぐらい、一見するとチンピラと見間違ういかつい顔をしているのだが、生徒からの相談には解決まで親身になってサポートしてくれるという面倒見のよさで有名だった。ケンとスズは別のクラスだが、とりあえず話だけでもしてみようということになり、私とケンはそのまま職員室へと向かった。
職員会議でもあるのか職員室は閑散としていたが、佐野先生は自分の机に座って何か書類を読んでいた。私とケンは「佐野先生に用があります」と職員室に入り、佐野先生の机へ向かった。
「おう、伊藤(私の苗字)どうかしたか?そっちは5組の内田(ケンの苗字)だな。二人揃ってどうした?」
「あの、先生に相談事がありまして」
「深刻なやつか?」
「えぇ…まぁ、結構…」
「よっしゃ、それじゃ俺のホームの理科室に行くか。内田も関係してるんだろ?二人で先に行って待ってろ。俺も鍵持ってすぐに行くから」
私とケンは理科室ヘ向かい佐野先生を待った。少し待っていると佐野先生は鍵についた紐を指にかけて、鍵をぐるぐる振り回しながらやってきた。途中指から紐がすっぽ抜けて鍵が飛んでいってしまい、佐野先生はそれを拾いに慌てて廊下を戻ったりしていた。
「待たせたな。まぁとりあえず座ってくれ」
私とケン、佐野先生は理科室の丸い椅子に座り、私は赤ちゃんハウスへ行ったところから、スズが赤ちゃんの声を聞いたこと、そのスズが現在体調をくずしていることまで、全てを詳細に話した。佐野先生は私が話す間、相槌と確認をするだけで話を遮ることはしなかった。最後まで聞き終えた佐野先生は、少し考え込んでから口を開いた。
「よし、話の筋は分かった。その廃墟への不法侵入は確かに何かの処分に値するが、それは後回しだ。まずは宮本(スズの苗字)の体のことが心配だ。俺の考えとしてはやっぱり医者に診てもらった方がいいな。まぁ、『心当たりは?』『心霊スポットで変な声を聞きました』なんて言えないから俺に相談してきたんだしな。とりあえず、今日は遅いから明日だ。明日は宮本も一緒に連れてきてくれ」
私とケンはそれを了承して、頭を下げた。隣で聞いていたケンは少し安心したのか、表情が少し柔らかくなっていた。
「それとな、この件、校長に話をしてもいいか?」佐野先生が聞いてきた。
「いえ、あの、そんな大事には…」
「違う、違う、そういうことじゃない。あのおっさん、あれで中々頼りになってな。今回のことも必ず力になってくれる。つまりは協力要請だ。報告とかそういうものじゃない」
私もケンも「やめてください」などとも言えず、二人して「よろしくお願いします」とだけ答えた。
「決まりだ。明日、宮本も連れて3人で校長室まで来てくれ」
次の日私達3人は揃って校長室へと向かっていた。5限目が始まる前に佐野先生に言われた約束の時間へ遅れないよう、少し早足だった。昨日の晩、ケンがスズに状況を説明して、スズからも同意はとっていた。一見した限りでは、スズは普段と変わらない様子であったが、どこか憂いを帯びたその表情の理由を私は聞いてみることができなかった。「熱があるわけでも痛みがあるわけでもないから」スズはそう強がりのように話していた。
校長室の前には佐野先生が待っていて、中に入るよう私達に指示した。校長室には初めて入るのだが、内装は小学生の時に入った小学校の校長室とあまり変わりない。真ん中にあったソファの近くには校長が立っていて、思えば校長の姿を近くで見るのはこれが初めてのことだった。校長は何というか…俳優の水〇豊さんをもう少し邪悪にしたような見た目で、佐野先生と並ぶと果たしてここは学び舎なのだろうか、どこかの組事務所なのではないかという疑問が湧いてこないでもなかった。校長室にはもう1人いて、白衣を着たその人が誰であったかすぐには思い出せなかったのだが、その人は保健室の山田先生だった。
「大体の内容は佐野先生から聞いています。話をする前に宮本さんは山田先生と少し話をしてきてください。伊藤君と内田君はどうぞこちらに座ってください」校長は想像していたよりも随分と優しげな口調で言った。私とケンは言われるがままソファに腰掛け、スズは山田先生と一緒に校長室を出ていき、佐野先生と校長も私達の正面に腰掛けた。
校長はまず、不法侵入の処分は後日検討するということを改めて説明し、私とケンにも体調の変化はないかと聞き取りを行った。私に体調の変化はなく、ケンもなんともないようで、この話はすぐに終わったのだが、肝心のこの後どうするかということに校長は中々触れなかった。しばらくすると、校長室をノックする音がして、廊下の方から校長を呼ぶ山田先生の声が聞こえた。校長は廊下へ出ていき、そのまま山田先生と何か話をしている。私は廊下に近い位置に座っていたので会話の断片が聞こえてきた。
「やはり………いつ……、必ず確認………先生に連絡を…………、事前に話を…………」
校長が戻ってきて、「やはり宮本さんは病院で医師に診てもらう」と私達に説明した。これからスズの家へ連絡をして山田先生が付き添い病院へ行くという。佐野先生の表情が少し曇った。校長は私とケンに「診察には時間がかかるので、また後日話をしましょう」と言ったのだが、ケンは「スズのことが心配だから」と言い出し、診断結果が分かるまで学校で待たせて欲しいと懇願した。
しばらく話し合いをして、校長は「診断結果によっては何も教えることができないかもしれない」と前置きをし、校長室で待っていてもいいと許可を出した。私もケンと同じように「ここで待たせてください」と直談判したのだが、校長はケンと話をしていた時以上に渋い顔をしていた。最終的には私も校長室で待つことを許可されたのだが、私はどうにも釈然としないものを感じていた。
18時になる少し前に校長室の電話が鳴った。校長が電話を取り、しばらくは静かに会話が続いていたのだが、ある場面で校長の声が大きくなり怒鳴ったような口調に変わった。
「それでどのくらいでしたか?えぇ…はい?それが今一番大事なんです。すぐに確認してきてください」
電話を終えた校長は佐野先生に目で何かを合図して、私の方を向いた。
「すいませんが、伊藤君は席を外してもらえますか?非常に立ち入った話を内田君としなければいけませんので、その話を伊藤君に聞かせるわけにはいけません」
※コメントは承認制のため反映まで時間がかかる場合があります。