最初は遠慮がちに、雑然と置かれた荷物に紛れているのが一瞬見えるなど、視界の隅に置かれているのに気づくだけでした。視界に入ってハッとしても、私が次の瞬間に見返したときにはもう見えません。
しかし、一度などは浴槽の蓋を開けたときにお湯に浮かんでいました。
妙なたとえですが、まるでゆず湯のようでした。目を瞑ってぷかぷかと浮かんでいる、白髪混じりの短髪に無精髭の頭部。それがゆらゆらと浴槽に揺れているのを見て、私はさすがに大声を上げて浴室を飛び出しました。
寝室にも、顔はあらわれました。私がどうも寝つけずに布団のなかでスマートフォンをいじっているときのことでした。私のお腹のあたりになにかあることに気づきました。
まだ幼稚園に通っていて甘えん坊の次女が、寒くてこちらの布団にもぐりこんだのだろう、と何となく思って頭を撫でようとしました。
ちがったのです。感触が。
そこにあるのは、予想していたような、ぷにぷにとした子どもの頬ではありませんでした。ざらざらとしていて、冷たく、しっとりした感触でした。
「…ッ!」
絶句して、スマートフォンの画面の灯りを向けると、布団のなかから丁度こちらを見上げるかのような角度で、今度は両の目をかっと見開いて、あの男の頭部が布団のなか、私の腹の辺りにあったのでした。
あんまり驚いて、そのときには声も出せずに、布団からやっとの思いで抜け出して、リビングのソファに横たわり、ろくに眠れずに朝を迎えました。
よく、インターネット上の怖い話で、お化けらしきものが出たときに、恐怖のあまり布団を頭まで引っ被って朝までガタガタ震えていた、というシーンがよくあります。しかし、この頭部は私にその最後の逃げ場さえゆるしてはくれなかったのです。
深夜に机に向かって作業をしているときに、私の右手に積まれている本の山のてっぺんにそれが載っていたこともありました。静かな音楽をかけて、私は作業に没頭していたのですが、ふと一区切り点いたところで違和感を覚えました。
何だろう。
ヴーーーーーーーーーー……
まただ。また電子レンジの音がする。
しかしそれは、私の席から見て左側のキッチンの方からではなく、右側から聞こえてきています。それもかなりの至近距離です。
嫌だ。見たくない。右手には本が積まれて山になっているのですが、その日は明らかにいつもより山が高いのに私は気がついてしまいました。
ヴーーーーーーーーーー……はあっ
ヴーーーーーーーーーー……
右から聞こえてくる電子レンジの音が、いま明らかに息継ぎをしました。
私は諦めるような心持ちで右側を見ました。いる。頭が本の山の一番上に載って、「ヴーー」と電子レンジのような唸り声を上げています。
そのときでした。
今度も両目は開いていました。よく見ると緑内障?というのでしょうか、黒目のはずの部分は白っぽく濁った緑色をしていました。その濁ったような妙な色の瞳は、幸いにも私と視線が合うことはありませんでしたが、それが真顔のままかっと両目を見開いて、口を開くと、
「ピロリ、ピロリ、ピロリロリ〜♬」
と言うのが聞こえました。
このときばかりは、深夜にもかかわらず私は絶叫してしまいました。本が勢いよく崩れて、あの頭も床に落ちていきます。私が座っていた椅子もガタンといって倒れました。私は寝室に駆け込んでママを叩き起こし、震えながら事情を話そうとしました。しかし、実際には私が、
「レンジのオジサンが、レンジのオジサンが…」
と繰り返すばかりで、まったく意味不明だった、と後からママに言われてしまいました。
最初は私が酒にひどく酔っているのかと思ったらしいのですが、若い頃には看護師をしていたママは、次第に私のことを過労から心を病んでいると考えるようになったらしいのでした。
それでも私は精神を病んでなどいないと主張し、問題の黒いレンジを処分して新品を買うようにお願いしました。おかしなことが起こるようになったのは、明らかにママがあの黒い電子レンジを買ってきてからだったからです。
お祓いですね。
ゾッとした
正にお祓いしましょう。続報お待ちします。
最高
ぜひ映像化を
めちゃ引き込まれた
てか完全に憑かれてますやん。。
怖すぎる
自分も知らないうちに唸ってるんじゃないかって不安になった
久々にこんなに面白くて怖い話読んだ気がする
取り返しのつかないことになってなければいいけど
面白かった!
ヴーーーーーーーーーー……
がすっごいいい味出してる
非常に面白かった!
楽しそうですね。電子レンジおじさんと友達かあ。
文章うまいですね。
次に黒いレンジを手に入れた人にはこの男性の「顔」が見えるようになるのですね。そうして電子レンジの呪いは感染していく。