ヴーーーーーーーーーー
深夜に帰宅してリビングに入った私の耳に、なにかの機械のような低い音が耳に聞こえてきました。右手にあるキッチンと、自分がこれから作業をしなければならない机にだけ照明を点けてから、私は背広を脱ぎ、ネクタイを外しつつ、「ハテ、何の音かな」と考えていました。その音は、キッチンの電子レンジから聞こえてくることに気がつきました。
薄暗いリビングの向こう、ぽつんと照明の点いたキッチンで電子レンジから橙色の明かりが漏れています。
あれ、おかしいな。ママが起きているのかな、とも一瞬思いました。しかし、時間はもう深夜の二時半をまわっています。ママも子どもたちも起きているはずがありません。電子レンジをこの時間に使うのは、この家では自分くらいのものです。
それでも、夜中に目が覚めたママがなにかココアでも温めていて、そのあいだにトイレにでも行っているのかもしれない。何気なくキッチンの方に向かって私が歩いていくと、電子レンジのなかにはマグカップよりもずいぶん大きな物が入っているらしいのが目に入ってきます。
…!
それは、顔でした。電子レンジのガラス扉の向こうに、弱々しい橙色の光に照らされた中年男性の顔。それは口元に深い皺を刻んだ、若干肉でたるんだ印象の中年(というよりは初老にさしかかった)男性の顔でした。眠るように目を瞑っています。
あまりにもわけのわからない状況に呆気にとられていると、
ピロリ、ピロリ、ピロリロリ〜♬
という間抜けなメロディが流れて、ガラス扉の向こうが真っ暗になりました。最近の電子レンジは「チン」とは言いません。温めが終わったのでした。「まさか…」と思いながら、私は扉に手をかけます。
ガチャン
…という音がして扉が開きましたけれども、当然、なかには人間の頭部など入っているわけがありません。ママのココアが入ったマグカップも。電子レンジの中身はからっぽで、なにも入っていませんでした。
電子レンジにはなにもなく、ママも子どもも奥の部屋の布団で寝ていました。なにも問題はありません。電子レンジが動いていたというのは気のせいで、なかに男の顔が見えたのも気のせい。その夜のことは、そう思うことにしました。私は、きっと仕事で疲れていたのでしょう。
冷蔵庫には私のための食事が入っていましたが、しかし、さすがに気味が悪くて、いまこの電子レンジを使って食事を温める気にはなれません。私は寝間着に着替えて歯磨きをし、すぐに床に就くことにしました。
電子レンジは、ママが昨日か一昨日くらいに近所の大型の古本屋で買ってきた中古品でした。最近の「古本屋」には古着やら、スキー板やら、家電やら、何でもあります。これまで七〜八年くらい使ってきた電子レンジがこの前とうとう壊れてしまい、ママが近所の古本屋で間に合わせに買ってきたのです。
前のレンジは本体が白くて汚れが目立っていましたが、今度買ってきたのはこれまでよりも一回り大型の黒い本体のものです。ボタン操作ひとつで、いろいろな料理ができるのだとかいうことでした。中古とは思えないほど、新品同様にきれいなレンジに見えます。
翌朝、目を覚ましたときには昨夜のことなど私はすっかり忘れていました。
私は眠い目をこすりながら、朝イチでママが淹れてくれたコーヒーがすっかり冷たくなっているのを電子レンジで温め直します。温めながら、昨夜の顔のことを思い出しました。
…すると、嫌な予感がしてきました。
私は少しためらってから、恐る恐る電子レンジのガラス扉を見ます。顔なんて見えやしません。当然です。全部気のせい、全部私の夢だったんですから。
ピロリ、ピロリ、ピロリロリ〜♬
私はコーヒーを取り出そうとガラス扉を開いた。喉の奥から発作的に「わっ!」と変な声が出ます。おどろいたママが「なに?どうしたの?!」と慌ててこちらにやって来ました。レンジのなかには、ただ私の大ぶりのマグカップに入ったコーヒーがあるだけでした。
けれども、開けた瞬間、そこには顔が、あの男の顔があったのです。
トレーの上に斜めに置かれた、少し白っぽい男の顔が。たるんだ皺のある頬に、無精髭があるのまで確かに見えました。こちらを向いて、目を閉じたまま、確かにそこにあったのです。
しかし、私がわずかに視線を外した一瞬のうちに顔は消えていました。
数分後、何とか落ち着きを取り戻した私は、ママに訳を話して聞かせました。目の間には湯気を立てているコーヒーが置かれていましたが、あの電子レンジから出てきたものをとても飲む気にはなれません。
ママの反応は、「ここのところずいぶん忙しそうだし、疲れているんじゃない」というごく当たり前のものでした。私はその日から、黒い電子レンジを避けるようになりました。
仕事が休みの日に、動いている電子レンジがどうしても視界に入りますが、ガラス扉のなかは絶対に見ないようにしていました。そうです、きっと私は疲れているんです。私が気にしなければ、それで済む話でしょう。そう思うことにしました。
しかし、異変はすぐに電子レンジから別の場所へと飛び火しました。顔が電子レンジ以外の場所にも見えるようになってきたのです。
それは家中の至るところで、私の視界に入ってくるようになりました。
お祓いですね。
ゾッとした
正にお祓いしましょう。続報お待ちします。
最高
ぜひ映像化を
めちゃ引き込まれた
てか完全に憑かれてますやん。。
怖すぎる
自分も知らないうちに唸ってるんじゃないかって不安になった
久々にこんなに面白くて怖い話読んだ気がする
取り返しのつかないことになってなければいいけど
面白かった!
ヴーーーーーーーーーー……
がすっごいいい味出してる
非常に面白かった!
楽しそうですね。電子レンジおじさんと友達かあ。
文章うまいですね。
次に黒いレンジを手に入れた人にはこの男性の「顔」が見えるようになるのですね。そうして電子レンジの呪いは感染していく。