走り来る者
投稿者:ねこじろう (147)
これは休みの日、私がS代と郊外にドライブに出掛けた時の恐ろしい体験だ。
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私は今年30歳になる会社員、彼女のS代は28歳で介護職員をしている。
山あいにある巨大なショッピングモールで一緒に買い物をした後、途中レストランで夕食をし、帰路につく。
その頃には西の彼方には太陽が降りてきていて、辺りは朱色に染まりつつあった。
年末に近づいた頃で寒さも本格的になってきていて、山に林立する木々もほとんどが枯れ木になっており、車からの眺めもどこか寂しげな風情を醸し出している。
左からの強烈な西陽に目を細めながら、しばらく曲がりくねった片側一車線の山道を走っていると、右手前方に忽然と古ぼけた建物が見えてきた。
5、6階建くらいだろうか、周囲を鬱蒼とした枯れ木たちで囲まれたその建物は、遠目から見ても明らかに廃墟と分かるほどあちこちにヒビが入っていて、部分部分に蔦が走っている。
「ねぇ、あれ何だろう、廃病院か何かかな?」
助手席に座るS代が眉を潜めながら言う。
「そうだな、何の建物だったんだろうな?」
と言いながら車のスピードを落としていく。
やがて右側に入口と思われる錆びた鉄の門が見えてきた。
その時何か気になった私は右にハンドルを切って道を横切り、車を門の前に停車する。
左右の門の左側は敷地内に倒れこんでいて、もう片方の右側しかなく容易に敷地内に侵入出来る様子で、荒れ果てた雰囲気を感じた。
そして車の窓から右門の横手にある縦書きの古びた看板を見ると、「○○市立精神病院 隔離病棟」と書かれている。
「かつては精神異常者の隔離病棟だったんだな」
と呟きながら隣のS代に視線を移すと、彼女は正面の壊れて倒れた赤錆びた門の向こう側をじっと見ながら固まっている。
そのあまりに真剣な眼差しに、思わず「どうした?」と尋ねると、「あそこ、、誰かがこっちに走ってきてる」と低く呟き前方を指差した。
言われて同じ方に目をやった。
西陽で朱色に染まった病院の敷地。
植え込みに挟まれた勾配のある砂利道、、、
なだらかにカーブを描き、奥まったところに続いているのが見える。
道は恐らく病院玄関まで続いているのだろう。
そしてその正に玄関の辺りから、確かに誰かがこっちに向かって走ってきているのが見える。
人影はどんどんこちらに向かって近づいてきていた。
微かに声も聞こえてくる。
ウワアアアアアア、、、
それはどうやら女のようだ。
そしてようやくその姿があからさまになった時、私は背筋がゾッとした。
もしかして「生きている」女の人だったの?