誰もいないはずなのに
投稿者:ノノ (5)
私は、友人と2人でダンス教室を開いています。
数年前、このダンス教室で、怖い経験をしました。
私と友人のミホは、子どもの頃から地元で同じダンススクールに通い、同じグループでコンテストに参加していた間柄です。高校卒業後、私はプロのダンサーを目指して上京し、ミホは地元でダンス講師になりました。
私は18歳から22歳まで、プロダンサーを目指してバイト生活をしましたが、足の怪我でプロの道は断念せざるを得なくなりました。そんな時に、講師として頭角を表していたミホが、東京で一緒にダンス教室をやろうと誘ってくれたのです。
ミホには貯金がありましたが、上京するための費用にあてるとそんなに残らず、私は貯金などできないギリギリの生活を送っていました。そこで、ダンス教室とはいっても、毎回、カルチャーセンターの一室を借りることでのスタートとなりました。
初回は無料体験ができるようにしたことから、少しずつ生徒が増えて、20人になった頃、もっとしっかりした教室を借りたい、と思うようになりました。今の教室は床も踊るのにふさわしくなく、ロッカーもないので、生徒たちは、毎回すべての荷物を持ってこなくてはいけません。それに、公共の施設なので、時には施設の都合で休館もあり、来てくれる生徒がいるのに休まなくてはいけないのも残念だったのです。
ミホと一緒に、物件を見て回り、駅前にもかかわらず格安の空き教室を見つけました。昔は塾だったそうで、鏡はありませんでしたが、当分の間は、壁掛けタイプの鏡で代用ができます。私は、とにかくその安さが気に入り、他の人に先を越されないうちに早く契約したい気持ちでいっぱいでした。
ミホに「ここにしよう」と言うと、ミホの表情はなぜか曇っています。
私は正直「また出た」と思ってしまいました。ミホは雰囲気や気分を重視するタイプで、昔からコンテストのリハーサルなのに衣装も着替えずにふさぎ込んだりすることがあったのです。
でも、同時に、ミホが嫌がるなんて、もしかしたらここはダメなのかな、とも思いました。
私たちが高校生の時、ミホがどうしても今回の参加はやめた方がいいと言い張り、フェスティバルで踊るのを諦めたことがあったのです。
フェスティバルで踊ることは、グループにも良い経験になるので私も他のメンバーも踊りたかったのですが、ギャラは出ないし、交通費もかかるため、結局は参加を辞退することにしました。すると、そのコンテスト会場で、火事があり、数人が火傷を負い、一人が死亡する事態となったのです。
私たちがフェスティバルに出たからといって、火事に巻き込まれたとは限りません。それでも、その件をきっかけに、わたしはミホの言うことはただのワガママではないんだ、ミホに第六感があるんだ、と思うようになりました。
それでも、駅前の格安の空き教室だけは、ミホが何と言おうと諦めたくありませんでした。今のままでは、生徒たちが不便なだけではありません。不便な場所にあるカルチャーセンターは生徒たちには通いにくく、新しい生徒を取り込めないのです。無料体験に来てくれて好感触でも、場所が原因で入会しない人がこれまでにたくさんいました。私には教室が便利な立地にあれば、今よりも絶対に生徒を増やせる自信がありました。
私は、「何か変なことが少しでも起こったら、またカルチャーセンターに戻ればいいよ」と強引にミホを説得して、駅前の空き教室に移転することを決めました。小学生の生徒の中には、移転によって母親が送り迎えをしなくても一人で通えるようになった子もいて喜ばれました。場所が良くなったせいか、無料体験の申し込みも格段に増えていきました。
ミホは、相変わらず、「ここは気が悪い」と言い続けていましたが、「気にしすぎだって」と言いくるめて、私の毎日のレッスンに情熱を傾けていました。ミホの言うことは気になりましたが、それを吹き飛ばすぐらい、こちらがプラスの空気を出していれば、そんなことには負けないのではないかと考えていました。
そんなある日、生徒の一人がダンス中に足をくじいて捻挫をしてしまいました。さらに、私も、帯状疱疹で背中や脚が腫れてしまったのです。捻挫も帯状疱疹も、たまたま同じときに起きてしまっただけだと思いたいところでしたが、新教室になってから、他にも困ったことが起きていました。
これまで、楽しく通ってきてくれていた幼稚園クラスの女の子たちが、1時間のレッスンの途中で泣き出すことが増えたのです。まだ、3、4歳の子どもたちなので、これまでも泣いてしまうことはありましたが、新教室になってからは、毎回必ず誰かが泣いて、それにつられた他の子も泣いてしまうような状況でした。
移転の際、ミホの意見を取り入れなかったことから、ミホとは少し気まずい関係になっていましたが、私は、ミホに相談してみました。「新しい教室にしてから、変なことが続くから、どうしたらいいか迷っている」と。
ミホは、「それなら、私も試したいことがある。少し怖いんだけど…」と言うのです。「こっちこそ怖いよ」と思いながらも、ミホの言いつけ通りに、夜中の11時に一緒に新教室に向かいました。
普段は、夜の9時半には教室を閉めるので、こんな時間に来たのは初めてです。近隣の定食屋や美容院なども閉まっていて、明かりがほとんどなく不気味な雰囲気でした。
鍵を開け、すぐに電気をつけようとする私をミホが制しました。
「待って。電気をつけないで。つけない方が見えるはずだから。」
ミホの言葉をいぶかしく思いながら、そのまま教室に入ると、目が慣れて外の街灯の明るさでなんとかどこに何があるかは見える程度になってきました。
ミホは「私は見えるタイプだから、今日は絶対見えると思う。一緒に見て。」とまた怖いことを言います。
「何を見るの?やめてよ、ミホ。」と言いながらも、きっと幽霊のことなんだ、と私にはわかっていました。
ミホにうながされるまま、壁際の鏡にミホと並んで立ちました。すると、並んだら私たちの間に、そこには映るはずのないものが映っていました。
青白い顔をして、ブレザーの制服をきた、髪の毛を長く垂らした女の子でした。
そして、私たちが何もいないでいると、5秒ぐらいそのままこちらを見ていましたが、音もなくフッと消えてしまったのです。
私にとっては、初めて見る幽霊だったので、心から驚いてしまいました。私は深夜にもかかわらず、ミホにたくさん質問をしました。
なんだかんだ友人のおかげで心霊現象が止まったから良かったです。