食わず山
投稿者:ふろん (5)
これから話すのはある山の禁忌の話。入院した友人Aから聞いた話と、そして現地を訪れ地元の古老から聞いた話をまとめたものだ。
Aとは家が近所だったこともあり、幼い頃からよく遊び、お互い実家を離れた今でも時おり会っては酒を酌み交わす仲だった。
私の母からAが入院したらしいという電話があり、見舞いに行ったところから話は始まる。
「よぉ、大丈夫か?」
2、3ヶ月ぶりにAと会った私は、短期間でのAの変化にとまどい絶句しかけたが何とかこの一言を絞り出した。
「いやぁ、良くないね」
Aはキャンプを趣味にしており、体格もがっしりとしていたが見る影もなくやせ細っていた。表情もどこか虚ろだ。ベッド脇には車椅子が置いてあった。
「いったいどうしたんだ?」
私はどうせ骨折か何かで入院したんだろうとタカをくくっていたので、目の前のAの状態に心が追いついていかない。
「飯が食えなくて足が動かない。ついでに言えば左腕の感覚もない」
Aはやや諦めたような感じにそう言った。
「何かの病気なのか?いつから?良くなるのかよ?」
私はついまくし立てるようにそう聞いてしまったが、Aは乾いたような笑いを少ししてから答えた。
「病気かどうかは分からない。原因不明さ。今も名目上は検査入院だしね。ただ、俺には原因は分かってるんだ。で、もう長くないってのも分かってるんだ」
そして、AはそのAには分かるという原因を話し始めた。
俺さ、キャンプによく行くだろ。でも最近はどこのキャンプ場も人が多くて、ソロキャンプを楽しみたかった俺としては1人で静かに楽しめる場所を探してたんだ。で、ネットの地図とにらめっこして探してたらT県との県境辺りに〇〇山ってのがあってそこが良さそうだった。麓の辺りは人家や畑がまばらにあるようだったが、頂上に適当な広場がありテントが張れそうだった。
お前も知っての通り、思いついたら我慢できなくなる性分の俺さ。その〇〇山を発見した週末にはもう出かけたよ。夜は綺麗な星空でも見ながら一杯やろうかなんて思ってさ。
〇〇山に行くのは思いのほか時間がかかった。しかも、頂上へと続く道は途中でチェーンが張ってあってバイクでも登れなくなっていた。チェーンの先には古びたお墓が数基あったんで、墓参りシーズン以外は入れないようにしてるのかなと思ったよ。仕方ないんでバイクをそこに止めて歩いて山を登った。20分も歩けば頂上だったしね。
頂上に着いた時は薄暮れ時だったが、何とか日が暮れる前にテントを張れたよ。火をおこし、一段落したところで落ち着いた俺は、周囲を見渡してみた。改めて来てよかったと、その時は思ったよ。思っていたよりも頂上の広場は広く、空は開けていて星が良く見えそうだった。周りには賑やかなキャンパー達もおらず静かだ。これこそ俺の求めていたソロキャンプだと思った。だけど、今思うとあの山は静かすぎだったよ。
下準備してきたキャンプ飯を料理し平らげた後から違和感は増してきた。静かでいいと思っていたが、やっぱり静かすぎた。焚き火のパチパチとはじける音はする。でも、それ以外に鳥の鳴き声もしない。月明かりが照っていたので焚き火を消してみた。やはり虫の鳴き声すらしない。秋の山でこれはおかしいと思い始めていたところへ、声が聞こえたんだ。
…食いてぇなぁ…
ってね。バッとその声の方を見ると、真っ黒な人影のようなものが見えた。俺は反射的にうわぁっと叫んでいたよ。声は変わらず聞こえてくる。それどころか声も人影も増えてきた。
…食いてぇなぁ…
…食いてぇなぁ…
…久しぶりの人間だ…
…食いてぇなぁ…
影はそう言うと飛びかかってきたんだ。俺は尻もちをつきながらも左腕を伸ばして何とか防ごうとしたけど、影はそんな俺の左腕にかぶりついた。俺の身体の中をブチっと分厚いゴムが切れたような音が走ったよ。それでも俺は叫びながら無我夢中で逃げた。周囲は暗くなっていたけど、月明かりで何とかバイクの停めてある場所まで行けたんだ。息を切らしながら来た道を振り返って見たが、どうやら追いかけてくる様子はない。左腕は食いちぎられたと思ったけど無事らしい。今のは何だったんだと思ったけど、当然戻る気にはならずその日は帰ることにしたよ。
Aはそこまで話すと私の反応を待った。
私は戸惑いながらもAの左腕を見る。Aは感覚が無いと言っていたが…
「左腕…、動かないのかい?」
「動かない。痛みもない。肘から下が無くなったような感じさ。あの日、家に帰るまでは大丈夫だったんだけど、寝て起きたらこうなってた」
私はAの両足を見る。
「じゃあ、足は?」
「腕と同じさ。感覚がない」
私はAのお腹を見る。
「じゃあ、痩せてるのは?」
「腕と同じさ。内臓が無くなったような感じがする」
私が言葉をなくしているとAは話し始めた。
Aさんよく喋るね。
最後の言葉で一気に親近感を感じた