部室棟の女
投稿者:すもも (10)
もしかして怪我でもして歩けないとか?
まさかそんな大怪我をする事故でもあったのかと思い助けに駆け寄るべきかと階段を半分降りた先で、ふと違和感に引っ掛かり立ち止まりました。
あの制服、うちのと違うのでは。
この時期に、この時間帯に他校から人が来るだろうか。
私はもう一度手摺り越しに階下を覗き、その女生徒らしき人の動向を探りました。
が、次の瞬間、女生徒の動きが止まったかと思えば、ぐりんと首を回して私が覗く階上を見上げたのです。
私は息を殺してその顔をまじまじと見てしまいました。
まるで空洞の様に深淵が覗く両目と口。
この世の恐怖を濃縮したような顔がこの上無い笑みを浮かべたかと思えば、節足動物の如く四肢をシャカシャカと動かして階段を登り始めたのです。
ヤバイ!目があった!
あの空洞が目なのかは分かりませんが、点滅する照明に照らされたソレがダダダダと階段を上る音を立てて私を現実に引き戻し、危機感を抱かせました。
更に『オオオオオオオオ』と空洞に風が響く低音楽器に似た声がその存在が確実に私がいる階を目指して接近していることを知らせるのです。
即座に踵を返した私は、元々いた3階まで戻ると、廊下を走り反対側の階段を目指して走りました。
あれは何なんだ。
目に穴?空洞?
あれって人間?
色んな事を考えながら走っていると、ダダダダという床を弾む足音なのか手を付く音なのか分からない音が、何故か私の進行方向から聞こえてきたのです。
急ブレーキを掛ける様にして立ち止まると、薄暗い廊下の突き当たり、その曲がり角から肘まで露となった腕が飛び出し、私は「ひっ!」と短い悲鳴を上げました。
僅かな蛍光灯の明かりに照らされた腕は魚の腹の様に白くて、骨の様に白い指先が壁を掴むと、ヌーッと長髪にまみれた頭部が曲がり角から現れました。
反射時に後退りすれば、ちょうど蛍光灯の光が強調された時、髪の隙間からあの空洞の様に真っ黒な顔が私を見たのです。
距離にして十メートルもありませんでしたが、それが恐らく女性であり、この世ならざる者だと直感で理解しました。
女が再び口許を歪ませると、胴体を引き摺りながら私目掛けて『オオオオオオオオ』と這ってきます。
恐ろしく早いゴキブリの様で気味が悪い光景でしたが、私は卒倒するのを堪えて女から逃げ出しました。
振り返る事は怖くてできませんでしたが、その気配が確実に私に近づいている事は分かりました。
私は突き当たりに差し掛かると、手摺りを掴んで段差を二段飛ばしで飛び降りていきます。
これによって女と距離が開いたのか、足音が遠退いていくのを感じました。
そして一気に3階から2階、2階から1階へと駆け降りれば、あとは廊下を進んで玄関口を突き抜けるだけで外です。
あともう少し、もう数メートルで外だと思った矢先、その玄関口の、下駄箱の角から手が飛び出してきました。
私は勢いを殺しきれずに足をもつらせその場にすっ転んでしまったのですが、その時は痛みよりも退路を絶たれた絶望感で頭が一杯で、その腕の次に出てくるであろう女のおぞましい形相を想像して頭を抱えるようにして塞ぎ込みます。
あの強烈な顔を見たら今度こそ漏らしそうだし、タダでは済まない。
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