部室棟の女
投稿者:すもも (10)
あれは高校二年の秋の事でした。
部活動に打ち込んできた私は、夏の大会で良い成績が残せなかった事から、毎日の様に一人で居残り練習をしていたのです。
部室棟は本校舎から離れた場所にあるんですが、最終下校時刻になると人の出入りも閑散となって、まるでその建物に私一人しか居ないのではという状況が多々ありました。
それでも実際には見回りの先生が声かけにやってくるので、帰宅時間になれば誰かが来てくれる、そんな安心感があったのです。
その日も夜の帳が下り始めるまで私は自主練をしていました。
気がつけば辺りは暗く、照明が反射した窓ガラスに私と室内の様子がくっきり写っていて、その奥に煌々と輝く夜景がうっすらと覗いていたのです。
あちゃー、また下校時刻ギリギリだ。
そう思ったら急な焦りから片付けの所作に躓いて鞄を床に落としてしまい、半開きのファスナーの隙間から筆記用具の中身が散乱してしまいました。
ちょうど腰を下ろした刹那に部室棟の玄関口から「最終下校時刻だぞー!居残ってる奴は早く帰るようにー!」との先生の声が聞こえてきたので、私は慌てて荷物を手探りで鞄に詰め込んで教室を飛び出します。
「忘れ物はないか?気を付けて帰るんだぞ」
「はい、さようなら」
先生と挨拶を交わした後、私は校門を過ぎた所で鞄の中に携帯電話が見当たらない事に気がつきました。
流石に携帯が無いのは不便だと思い、きっとさっき鞄を落とした時に何処かに滑り落ちたのだと考え、私はすぐに引き返しました。
部室棟に戻ると何故か入口は開きっぱなしで、先生の姿も何処にも無かった事から、すぐに携帯を探しだして帰ればいいやと思い、駆け足で部室棟へ入りました。
教室に戻れば早速床を重点的に机や椅子の下を覗き込み、落としたコンタクトを探す様に膝を付きます。
「あっ!」
すると、教壇横の先生の机の下に私の携帯が落ちてるのを見つけたので、すぐに拾い上げて電源の確認をし、一安心から胸を撫で下ろしました。
さて、帰ろうか。
そう思った矢先、ズリズリ、という擦れた音が廊下側から聞こえてきたので、私は教室の入口から顔を覗かせて廊下を見渡しました。
薄明かりに照らされた廊下には人の影は無く、ただ寿命間近な蛍光灯が点滅を繰り返すだけで、きっと私の聞き間違えだと思ってそのまま教室を出ました。
ここは3階なんですが、階段の踊り場に差し掛かった時、またあのズリズリといった何かを引き摺る音が耳に飛び込んできたのです。
思わず手摺りに手を置いたまま固まっていると、その音が階段下から近付いていることに気付き、私は手摺りの隙間から階下を覗きます。
ズリ…ズリ…。
確実に何かが階段を上っている気配がしたのですが、私は単純に先生が見回りをしていたのだと思いました。
じっと階下を見ていれば、その音の正体とおぼしき頭頂部がスッと現れたのです。
それも何かがおかしい。
頭頂部が床にべったり張り付いている様な、例えば床に這いずって匍匐前進している様に低姿勢な位置に頭があった事から思わず目を凝らしました。
暫く見ていると、その頭が動くのと同期する様にズリズリと音が鳴り、私はあの音がそれから出ていると確信したのです。
しかし、頭が動くと今度は這いずった体勢の胴体が見え、完全にそれが床を這っている事が分かりギョッとしました。
姿からして女生徒のように見えましたが、だとすればどうしてあんた所で匍匐前進しているのだろうと首を傾げました。
※コメントは承認制のため反映まで時間がかかる場合があります。