絡みつくもの
投稿者:すだれ (27)
体験談を聞かせてもらう約束をしていた友人からその前にと頼まれたのだ。
人形に魂が宿る現象に関して教えてくれ、と。
「怪談話にもよくある、人形に人間の魂が乗り移って様々な現象を引き起こすアレか。
そもそも人形がいつ頃、何の目的で作られるようになったかだが、
諸説あるが信仰の対象…神や精霊、先祖の霊などを降ろすためのシャーマニズム的思想が影響していたといわれている。人形を指して「依代(よりしろ)」や「人形(ひとがた)」とも呼ぶだろう?「神秘的な存在を呼び出しその恩恵を賜る」この思想と、その為の道具である人形は遡れば紀元前から存在していたんだ。
他に人形に持たせた役目といえば生身の人間の身代わりなんかもあるな。厄災を引き受けるお守りとしても作られた。日本の古墳から出土した人型の焼き物たちも、亡くなった主と殉死する奴隷の代わりに埋葬されたという説がある。
かなり昔から、人形に対する「何かを宿すことができる空の器」という認識は存在していたようだ。
特に日本には古くから「大事に扱っていた物にはいずれ魂が宿る」という付喪神の概念があるから、人間の魂が憑依する人形という存在にもそこまで抵抗はないのだろう」
「へー、じゃあ現代でも人形には何かしら乗り移る感じ?どんなのが乗り移ったりするの?」
「言ってしまえば「何でも」。先にも言ったが付喪神の概念もあるし、神、幽霊、妖精、悪魔…宿る存在は各国の文化に沿って様々だ。伝承だと悪霊が宿った人形が危害を加える話が多く感じるが、それは善性や無害の存在より悪性の存在の方が話のタネになりやすいという伝播の性質の問題だろう」
「魂が宿った人形って何ができるの?」
「それも、「何でも」だな。
足があるなら歩けるだろうし、手があれば料理だって作れてしまうかも。
のっぺらぼうの人形に口だけを描いて、前に水を注いだグラスを置いたら一晩でグラスが空になった…なんて話もあるから、四肢や部位は認識の問題で精度は問わないかもしれない」
「…目があれば?」
「見えている。例えガラス玉だろうと油性ペンで手描きだろうと、それを目とするならば見えている」
あー…じゃあ、やっぱり
「アレの目も見てたんだなぁ」
自嘲するような顔をした友人が、「土産物屋に行ったんだ」と語り始めた。当時から付き合ってた彼女と行った旅行先の、小さな土産物屋だった。
「その土地の名産品?が人形でさ、結構いろんな種類の人形が棚にびっしり並んでたのよ」
所狭しと並んだ人形…というよりは、その無数の目に気圧された。大小様々な人形たちに一斉に見つめられている感覚。自分たちが値踏みされてる気さえして、なわばりに入ってしまったような錯覚すら覚えた。友人は終始落ち着かず店内を見回っていたが、彼女は精巧な造形の人形たちを感心した様子で眺めて回っていた。
「1体くらい買いたいなって彼女が言って、正直同棲してる部屋に置きたくはなかったけど、せっかくの旅行で言い争いもイヤで、選んでおいでって言ったんだ」
意気揚々と人形を選びに行った彼女から離れて店内をぶらついた。無意識に、あの人形たちの目線から少しでも逃れられる場所を探したのかもしれない。歩は奥へ奥へと進んだ。よくよく見渡せば人間モチーフの人形の他に、同じ工程と技法で作られたのだろう動物モチーフの人形もあった。こちらはまだ目から感じる威圧感も少なく、これならアンティークとして部屋に置いててもいいかもしれない。そう思って猫型の人形を1つ手に取り彼女を追いかけようとした。その足が不意に止まった。
猫の人形を持った手に別の重みを感じる。
視線を落とすと、
「多分隣の棚にあった人形だと思う。人型のソイツが1体、袖のボタンに髪が絡んで、ぶら下がってたんだ」
思わず喉がひきつった。
ぶら下がった人形と目が合った。
否、人形が「友人を見ていた」。
何かを訴えるような、何かを求めるような。何かの感情を孕ませているような。
血走った、白目を剥いているのかと思うほど下から睨みつけるその視線は友人から血の気を引かせた。
声も発せず、その場から足を動かすこともできなかった。
※コメントは承認制のため反映まで時間がかかる場合があります。