雨の中で佇む女
投稿者:ぴ (414)
けれどその人が誰かと連れ立ってマンションに入っていく姿は一度も見たことがありません。
雨の中で佇む女はいつも気づいたらいなくなっていて、まるで最初からいなかったかのように消失するのです。
いつしか私はその人が普通の人ではないかもしれないと疑うようになりました。
ある日私は救急車の音に驚いて、目を覚ましました。
すぐにカーテンを開けて様子を伺ってみたら、どうやら向かいのマンションの誰かが救急車で運ばれていくのが分かりました。
私は自分とは関係がないことだったけど、ちょっとだけ誰が運ばれたんだろうと心配になりました。
そこでなんとなくあの雨の中で佇む人の姿が浮かび上がりました。
少しだけ胸騒ぎのようなものがしたように思います。
その日は気になってアパートで知り合った同い年の隣人と「今朝の救急車は何だったんだろうね」なんて話していました。
そしたら通りかかった別の部屋の住人が「自殺らしいよ」と教えてくれました。
どうやら向かいのアパートで男の人が自殺したらしいのです。
今朝方それを見つけた人がすぐに連絡して救急車を呼んだと聞きました。
それを聞いて結構なショックとともに私はどの部屋の誰が亡くなったのかたまらなく気になりました。
もしかして…と少しだけ彼女が見上げていた部屋が気にかかったのです。
違っていてほしいと願ったけど、間違いなくあの部屋でした。私はぞっとするものを感じました。
それから数日して、いつもの朝窓を開けると小雨が降っていました。
「雨か憂鬱」と思いながら私は窓の外を見て、フリーズしてしまいます。
なぜなら私の部屋を見上げている人とパチッと目があったからです。
私は思わずカーテンを閉じそうになりました。それくらいに恐ろしかったのです。
私の部屋を見上げていたのは、いつも向かいのマンションを見上げていたあの雨の中で佇む女でした。
私はこの間自殺した人のことが思い浮かび、次は私の番なの!?と恐怖に襲われました。
少しの間、目が合ったかと思うとその人はさっと体を翻しました。
そしてすぐいなくなりました。
私はすぐに着替えて、おそるおそる下の階に行ってみたのですが、誰もいません。
ただ傘立てにいつしかのビニール傘がさしてあり、それを私はおそるおそる手にしたのです。
その瞬間、ふっと耳のすぐ後ろあたりで「ありがとう」と声が聞こえました。
私はびっくりしてすぐに後ろを振り返ったけど、当然のようにそこには誰もいませんでした。
どうやらあの女の人は、私に傘を返えすためだけに、ずっとあそこで私を待っていたようです。
最後まで幽霊なのか確信は持てませんでしたが、おそらくそうだったのだと思っています。
向かいの人が自殺して亡くなってからは、その人が雨の中で佇む姿は二度と見なくなりました。
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