前走車の後部座席
投稿者:すもも (10)
前方を見れば前走車のリアガラスが見えるのは当然なのですが、そのリアガラスに中学生くらいの背丈で全裸の人間が張り付いていて、顔面一杯に口を広げていたのです。
頭部の殆どが広がった口で埋め尽くされているという何とも不気味な光景。
最早人間なのか懐疑的なそれを唖然と見つめていると、バン!バン!とそれがリアガラスを叩き始めます。
あの音の犯人はこいつだったのかと合点がいった矢先、私の車体からもバン!バン!と音が鳴ったかと思えばその振動で車体が揺れたのです。
『アーーッ!アーーッ!アーーッ!』
そして、まるで猿の雄叫びの様な甲高い声が聞こえると、それを合図にして、
『アーーッ!アーーッ!アーーッ!』
『アーーッ!アーーッ!アーーッ!』
『アーーッ!アーーッ!アーーッ!』
と車体を取り囲むように全方向から謎の雄叫びがこだましました。
何が起きているのか理解できずにただあわあわと周囲の様子を窺っていると、ちょうど運転席側の窓に振り向いた刹那、車の屋根からせり出すようにして前走車のリアガラスに張り付いていた奴と同じ生き物が窓に張り付き、顔いっぱいに口を広げた口腔内を見せつけて叫ぶのです。
『アーーッ!アーーッ!アーーッ!』
奴と私を隔てるものは僅か数センチにも満たない窓ガラス。
私は間近で頭部一杯に開かれた口内を見据え、
「きゃあああああああああああ」
と絶叫し、そのまま頭を抱えるようにして車内で蹲ってしまいました。
夢ならば早く覚めて欲しい。
極力動かず反応せず、目を閉じて耳を塞いで奴らが立ち去るのを待つという選択をしました。
バンバンバン!バンバンバン!
『アーーッ!アーーッ!アーーッ!アーーッ!アーーッ!アーーッ!アーーッ!アーーッ!アーーッ!』
(早く消えろ消えろ消えろ!)
激しく車体を叩く音と、猿の様な雄叫びが何重にも折り重なって私を威圧しているように感じます。
ただ、無力な私は念仏を唱える様に必死に奴らが消える事だけを願い口ずさむ事しかできませんでした。
それからどれだけの時間が経ったのかは覚えていませんが、意識が朦朧とし始めた頃、そういえば奴らの騒音が聞こえなくなったなと思い顔を上げると、閑散とした山道が開けているだけで、奴らの気配が完全に消えている事に気付きました。
それどころか前走車もその場から居なくなっていて、あれだけ酷かった雨も上がっています。
私は車内越しに周囲をぐるっと見渡しましたが、本当に誰も居ない事から不思議に思い、車を降りてもう一度周囲を見渡しました。
すると、後方を見た時に唖然としました。
そこには今しがた私が通ってきた筈のトンネルが無かったのです。
そう言えば、トンネルを通っている時にも雨粒や雨音が酷かったし、ワイパーも雨を弾いていました。
今にして思えば、それはどう考えてもあり得ない事です。
しっかり怖かった
想像したら怖い
誰かこの謎生き物のイラスト描いてくれないかな
面白かったです。中身が濃い作品。