生贄団地
投稿者:邪神 白猫 (7)
「ここに住んでる子だよね?」
「うん。B棟の303に住んでるよ」
ここに越して来て初めてまともに会話してもらえた嬉しさから、俺はニコリと微笑むと再び口を開いた。
「サッカーが好きなの?」
「うん。将来はサッカー選手になるのが夢なんだっ!」
「そっか。なれるといいね」
ニカッと眩しい笑顔を咲かせる少年を見て、それにつられた俺はクスリと笑い声を漏らした。
ここに越して来てからずっと避けられていたとはいえ、本来、俺は子供が好きなのだ。希望に満ちた少年の笑顔を見ているだけで、沈んでいた気持ちも心なしか軽くなった気がする。
「おじさん……顔色が悪いけど、大丈夫?」
「……大丈夫だよ、ありがとう」
「おじさんて、最近引っ越して来た人だよね?」
「うん、そうだよ。A棟の501に越して来た山下っていうんだ。よろしくね」
「501……?」
「うん。……あぁ、もう18時半なんだね。暗くなる前に、早く家に帰った方がいいよ」
「……うん」
「また明日」
「うん。ばいばい、おじさん」
ボールを抱えて走り去る少年を見送りながら、俺は穏やかな気持ちで満たされてゆくのを感じて小さく微笑んだ。
明日からは少し、今日までとは違った気持ちで毎日を過ごせるかもしれない。そんな期待に小さく胸を膨らませると、自宅へと続く階段を目指して歩みを進めたのだった。
※※※
その翌日以降、あの時会話を交わしたおじさんと再び顔を合わせることはなかった。
連日のように続く雨が二週間振りに晴れたある日、サッカーボール片手に遊んでいた俺の耳に届いたのは、「山下さんが消えた」という噂をする大人達の声だった。
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