Tホテル
投稿者:砂の唄 (11)
以下はAの叔父さんが話した内容をまとめたものである。
あの建物で起きた事件を説明する前にJという人物と約30年前の事件について話す必要がある。JはH市の中小企業に勤めるごくごく普通の男だった。
Jは妻と小学校に上がったばかりの男の子の3人家族だった。周りからはあんなに幸せな家族は他にないとまで言われていた。
だが、Jに悲劇が襲い掛かる。まず、妻が不慮の交通事故で亡くなり、それから半年もしないうちに息子が白血病であることが判明したのである。抗がん剤も大して発達していない時代である。助かる見込みはなく、Jには余命は半年くらいだと伝えられていたそうである。
それからJは家と会社と病院とを往復する生活が続いた。会社の同僚は日々やつれていくJの姿を見ていられなかったと話していた。
そして半年を待たずに息子は亡くなった。
Jの両親が病室に着いた時には、Jは息子に向かって必死に何かを語り掛けていたらしい。Jの父がのちに語ったところによるとJは息子の遺体に向かって「大丈夫だから」とずっと繰り返していたそうである。
息子の遺体を家に連れて帰った後、Jは周りに「今日だけは息子と二人で過ごしたい。明日また来てくれるか」とそう話したそうである。周りもJの気持ちを優先して早々に引き上げていき、Jの両親もその日はホテルに泊まった。
次の日、朝になってJ宅にJの両親がくると車が消えており、家の鍵もかかっておらず室内には誰もいなかった。そればかりか、昨日亡くなった息子の遺体も消えていたのである。これは大変なことだと警察に連絡をして、すぐ警察が来た。この事件を担当したのがAの叔父であった。
Jの行きそうなところは隅々まであたってみた。1週間ほど人員を集中して宿泊施設など広い範囲を探したのだが、Jの姿と息子の遺体は発見できなかった。
そんなとき、H市では3件の行方不明事件が連続して発生していた。
一つ目は50代のサラリーマンが飲み会終わりから、家にも会社にも姿を現さない。
二つ目は公園で遊んでいたとされる小学校2年生の女の子が家に帰らない。
三つ目が80代の老人が散歩に出かけたきり帰ってこない。
これら3件の行方不明事件が1週間のうちに立て続けに起こったのである。
約30年前に起こったこれらの事件は当時の新聞テレビを結構賑わせたらしい。警察はこの行方不明事件にも人員を割かなければならず、Jの捜索はそこからほとんど進展がなかった。
Jが行方不明になってから1か月近くがたった。
その時1つの情報が入る。Y村では犬小屋の飼い犬が怪我をしているということがここ最近増えていて、その犬たちには共通して何かに噛みつかれたような傷が確かにあったという。山付近に住む野犬の仕業ではないかと言う声があがったため、猟友会に頼み山狩りが行われることとなった。
その山狩りの最中にTホテルの近くでJの車が乗り捨てられているのが発見されたのである(そのときTホテルは既に廃墟であった)。その後警察がTホテル周辺を捜索した結果、元オーナーの別荘が怪しいとされ捜査することとなった。
警察が別荘を捜索した結果、2階の一室から行方不明になった3人と似た特徴の遺体が発見され、1階からはJとみられる遺体が発見されたのである。4体とも腐敗が進んでおり、その場では詳しいことはわからない状態だった。
3人の遺体はほとんど同じような状態で同時期に亡くなったと思われ、3体とも一列に並べられていて服を着ていなかった。また、共通して胸のところに刃物で刺したような傷があり、一部の内臓が取り出されたような痕跡もあった。
一方でJの遺体は3人のものより新しく、何かに噛みちぎられたような跡が何か所もあった。そしてどこを探してもJの息子の遺体は見つからなかった。
「まぁ外法ですわな。人の魂を使って死体を動かす。生き返らせるのはそりゃ無理ですがね、生きてるように動かすくらいはできるんですわ。」突然Kが話を始めた。
「さらってきた3人の魂を使って、息子を生き返らせる。まぁそんなシナリオだったんだろうけど、さっきも言った通り死人は生き返りはせん」Kさんは語気を強めた
「あそこにはね。儀式で使った3人の魂の残りかすが怨念となってさまよってる。あの建物は魂を外に逃がさないように結界みたいなものが貼ってあるから、その怨念は別荘の中を延々とさまよい続けるしかない。しかも悪いことにJの魂もまだそこにある。結界のせいで出られん。考えてもみなさい。殺したほうの魂と殺されたほうの魂が同じところに閉じ込められてる。さっき残りかすと表現したけど、実際は魂と同じで思考も記憶も感情も残ってるから、あれが自分を殺した奴だって認識もできる。だが、肉体がないから干渉ができない。自分を殺した奴がそこにいるけど手を出すことができない。そりゃ殺されたほうの魂がどうなるかは火を見るより明らかでしょう?」
「干渉できないって…でもBは実際おかしくなったんですよ」AがKに質問する。
「あぁ、魂はね、肉体を持ってる状態の魂には干渉ができる。だが、魂単体には干渉できない。どういう理屈だよって思うかもしれんけど、そういうもんだって納得してくれ」
「あの…その3人はJが殺したんですか?」Cが続けて質問した。
「そりゃ恨みの念が凄まじい。それに恨みの向かう先が一点に集中しとったからね。その一点ていうのは言うまでもないJの魂が漂っている方向ですわ。結局証拠は出なかったんでしょ?だけどあれを見ればJが殺したに決まってますがな。」Kが笑いながら答え、Aの叔父のほうをちらっと見た。Aの叔父は小さくうなずいた。
「成仏とかさせてあげられないんですか?」Aが質問を続ける。
「結論からいうと無理だね。あれはどうにもできん。結界壊して外に出してしまうほうが問題だから、あのままにしておいたけど…なるほど怨念はいまだ健在ということですな。だけど、時間がたって自我とかは薄れてきとるから、もう認識とかはできんはず。変わらん恨みが見境なしに襲ってきたってことでしょう。まぁ、あの子は暴走運転の自動車に運悪くはねられたようなもんやね。」
「まぁ車道に飛び出していったのは君らだけどな。」Kは笑いながら話していたが、目は笑っていなかった。
「じゃあ2階のあの部屋って…」Aの顔色が少し変わる。
「そうだ。遺体が3つあった部屋だろう。」Aの叔父が再び口を開く。
「内容が内容だ。遺族にそのまま話すわけにもいかず、世間に公表するには猟奇的すぎる。だから未解決事件ってことにして終わりになった。外に話されちゃ困る」
面白かったです
Tホテル、何処だろう。気になる。
ってことは「私」が見た子供って…