雨音
投稿者:黄な子 (7)
去年の2月頃の話です。
大学生の私は、独り冬期休暇を利用して関東にあるキャンプ場を訪れました。
午前中に出発し、本来ならば車を走らせ2時間強程度でしょうか、訪れる途中近隣にある湖に寄ったりしているうちに日が落ちていました。
夕方5時頃、ようやくキャンプ場に着いた私は管理棟で謝りながらチェックインを済ませ、設営を済ませるころにはあたりはすっかり暗くなっていました。シーズンオフだからか、キャンパーは私一人です。川のそばの設営地だったため、テントマットを止めるために河原の石を運ぶのに苦労したのを憶えています。
いつもならコンロストーブを設置し、火をおこして食事をするのですが、その日は風が強く火をおこすことができなかったので管理棟でお湯を借り、カップ麺で済ませました。
真冬の風は冷たくテント脇で腰掛けながら麺を啜っていても体が冷えていくばかりでした。
私はアウトドアを諦め、明日の観光に備えて早々にテントに入りました。
ライトの明かりを頼りに本を読んでいると、雨が薄くテントを叩く音が聞こえ始めました。
それは近くを流れる川の音や風の鳴る音とあいまって、私の孤独をより大きなものにしました。
もう寝てしまおう。
明日の朝に見ることになるであろう、泥まみれのテントマットやぬかるんだ山道を憂鬱に
思いながらシュラフに潜り込みましたが、枕元に聞こえる水の流れる音や風の音がうるさく、中々寝付けませんでした。
イヤホンを付け音楽を聴きながら気を紛らわしているうちに、眠ることができました。
どれくらい経ったのでしょうか。
ふと雨の音で目が覚めました。イヤホンからはもう音楽は聞こえなくなっていました。
テントを叩く雨の音は寝る前よりも強くなっています。山の天気は変わりやすいとはいえ、冬場の関東圏でここまで雨が降るのは珍しいなと、間断ない雨の音を聞いていました。
二度寝を試みたとき、ふと気が付きました。
雨の音しか聞こえないのです。
雨量が増えたら、川の水量は当然増えます。テントは川のそばに設営しましたし、寝る前までは川の流れる音が聞こえていたはずです。しかし、そのような音は聞こえません。夕夜あんなに強く吹いていた風がテントを揺らすような様子もありません。
ただ、単調に雨がテントを叩く音だけが、テントの中に響いていました。
雨の勢いがあまりに強いからだろう。川の流れる音が聞こえないのは、川の上流にあるダムで水量調整がされたのかもしれない。風の勢いが変わることなどよくあることだ。
不思議に思いながらも、寝ぼけた頭でああでもないここでもないと考えているうちに、私は再び眠りに落ちていきました。
目が覚めたとき、外はもう朝でした。昨日の天気が嘘のようによく晴れた、キャンプ日和の早朝に、テントから顔を出した私は思わず笑みを浮かびかけました。
テントから出て設営場を見渡すと、そこには雨の日の後のぬかるんだキャンプ場の姿と、その中にポツリと立っている私のテントがありました。
正確には、テントの頭から裾まで、小さな、5㎝程度の手形の跡がびっしりついたテントが。
いや怖いって…