消えた先生

小学生5年生の時の話です。私たちの学校にはH先生という生徒に人気の男性の先生がいました。

私の知る限りでは、Ｈ先生はどこかのクラスの担任だったことはなかったように思います。
子どもだったのでいったい何の先生だったのかよくわらなかったのですが、昼休みなどに一緒に遊んでくれたりして、Ｈ先生が好きな子はとてもたくさんいました。

Ｈ先生はとても背が高く、教室に入る際にはかがまないと入り口の上の方に頭をぶつけてしまうくらいでした。そのため、遠くにいても先生の姿はすぐにわかるくらいです。

ある日のこと、私は昼休みにAちゃんと二人で学校の旧校舎の入り口付近でおしゃべりをしていました。

旧校舎は新校舎と2階部分が渡り廊下でつながれています。旧校舎には音楽室、理科室、社会科準備室があるのですが、使わないときは基本的にドアに鍵がかかっているため入れません。それもあってか、旧校舎に入ること自体が禁止されてはいませんでしたが、遊ぶようなところもないからか、昼休みでもほとんど生徒は近づきません。

私たちがおしゃべりをしていると、そこにH先生が通りかかり、そのまま渡り廊下を渡って旧校舎へと入っていきました。
なんとなく私たちは先生を目で追っていくと、先生は1階へと通じる階段を降りていきました。
大好きなH先生が何をしているのか気になったので、私とAちゃんは階段に近づくと、上から1階の方に向かって「Hせんせーい」と呼んでみました。するといつもの穏やかそうなH先生の声で「なぁにー？」と返事が返ってきました。

返事がもらえたことがなんとなくうれしくて、私たちは1階へと降りていきました。1階に降りると社会科準備室のドアが開いていました。どうやら先生はその中にいるらしいとわかり、私たちはのぞき込みました。しかし、先生の姿は見当たりません。

旧校舎はどういうわけか、新校舎とくらべて全体的に薄暗いです。社会科準備室には窓はありますが、カーテンも閉まっているし授業で見たことがある糸車といった昔の人たちが使っていた道具などがたくさん置かれていて、光が余計に届きにくくなっているようです。さらにどういうわけか、電気がついていませんでした。

用事があるなら、電気をつけないと絶対に部屋の中では作業がしづらいはずなのに、H先生は電気をつけずに社会科準備室に入ったようなのです。

私とAちゃんは、もう一度先生の名前を呼んでみました。しかし、先生の返事はありません。それどころか物音ひとつしないのです。

私たちは、先生が私たちをからかうために隠れているのだろうと思い、先生を探しました。前述したとおり先生はとても背が高いので、隠れられるところなどたかが知れています。しかも先生が1階に降りていって私たちが追いつくまで、せいぜい30秒くらいしか経っていなかったと思います。しかも社会科準備室にはいろいろな貴重な昔の道具が多いですから、それらが壊れないように大人の大柄な男性が隠れるのはきっと至難の業です。

ぐるっと見回しても、先生の姿はありません。おかしいね、と私とAちゃんは話しながらいったん社会科準備室を出ました。

廊下に出ると、なんと隣の理科室のドアも開いています。なんだ先生はあっちにいるのか、と私たちは理科室を覗きましたが、やはり先生の姿はありません。もう一度名前を呼びますが、しーんとして先生の返事はありません。

そして、私たちはこの状況がなんだかおかしいとようやく気が付きました。基本的に、旧校舎にある教室のドアはすべて鍵がかけられていて、開けっ放しになっていることはありません。
今開いているのはH先生が鍵を開けたからだと思いましたが、古い旧校舎のドアは鍵を開けるときにぎぃぎぃとかがらがらっといった音がします。しかし、先生が1階に降りてから私たちが追いつくまで、そんな音はしなかったのです。

もしかしたら、鍵をかけて先生はいったん新校舎に戻り、再び旧校舎へと向かったのかもしれません。だとしても、いったいどこに行ってしまったというのでしょう。

一応、旧校舎には非常口のような扉があって、そこから外に出ることはできます。しかしそこも普段は鍵がかかっていますし、他の教室と同様、開ける際にすごい音がするのです。念のため、私とAちゃんは非常扉に鍵がかかっていないか確認しました。扉はしっかりと鍵がかかっており、開きませんでした。

私たちはなんとなく怖くなってきて、もう一度先生の名前を読んでみてそれでも返事がなかったので、急いで階段を登って新校舎の方へと戻りました。

「先生どこに行っちゃったんだろうね」

私とＡちゃんはその日ずっとその話をしていました。そして翌日、Ｈ先生に思い切って聞いてみることにしました。

授業の合間の休み時間に私たちは職員室へと向かい、Ｈ先生に話しかけました。

「先生、昨日はどこに行ってたの？」
「ん？　なんのこと？」
「昼休みに旧校舎に降りていったのに、見つけられなかったよ」
「え、僕のこと探してたの？」
「そうだよ、呼んだら返事したじゃん」
「そうだっけ。昨日は特に旧校舎の方には行ってないと思うけどな」
「えー」