失われた大地と蘇る記憶の先に

先日、とある山寺へ行きました。
その場所は、生前祖母がよく通っていた場所。

以前に一度だけ連れて行ってもらったのは多分小学校低学年の頃。
とても急な長い長い坂を上った先、とても大きな境内があり、お坊さんが頭から水を被っていて、消えた炭の中を走る人がいたり、篝火がいっぱいついていて、そうそう、とても寒い日だったと記憶しております。

祖母は今思えば、講話を聴きにきていたみたいでした。本堂に上がって降りてきません。まぁ今にして思えば、当然ではあるのですが。
その当時の私は、多分つまらなかったのでしょう。すぐに抜け出して、境内を散歩する事にしました。

境内から少し降りた所に小さな滝があったのですが、まぁ今の私の身長ならば、少し高いかな？位の高さで、水量も大した事はなく、といった位の規模で、私はその麓でじっと水辺を眺めておりました。

どうしてそんな事をしていたのかは分かりませんが、お魚でも探していたのかもしれませんね。
それで正直、どれ位の時間がたったのかは分かりませんが、ふと気づくと、すぐ横に私と同い年位の女の子が同じ事をしているのに気づきました。

彼女もまた、説法に飽きた口だったのか？それは分かりません。まぁ私もそんな事には興味すらありませんでしたが。

彼女は私を一度だけじっと見た後、黙ってその後は水辺を眺めていました。
私も一度だけ彼女を見ましたが、会話を交わす事はありません。また水辺に目を返すと、じっとその面を眺めておりました。何故か水面の中は見えなくて、彼女の顔ばかりが見えていたのは、とても目に焼き付いております。そして、お互い時間がくると、それぞれの保護者が迎えに来て、お別れをしました。

帰り際、彼女は少しだけ微笑んだのも記憶しております。
そして、時は経ち、多分40年位でしょうか？私は結局、そのお寺を訪ねる事はありませんでした。祖母は定期的なお参りをしていた様ですが、亡くなった後、うちの家族、親族のものも、いつの間にか足が遠のいておりました。

場所があまりにも遠い事、親族も少しづつ高齢化し、通うのが難しくなってしまった事、理由は色々ありますが、言い訳にしかなりませんね。

という訳で、今年。私はお盆に墓参りに行けませんでした。その代わり、ではありませんが、彼岸の日には絶対お参りしようと決めていて、その前日にふっと、この山寺の事を思い出してしまったのです。私はお墓参りのついでに、この寺へお参りしてみようと心に決めました。

あの当時と違い、公共交通機関にも一人で乗れますし、今はスマフォで位置確認も出来ます。その寺を見つける事に苦労はしませんでした。

当時と同じ、まるで山登りをする様な感じで、長い長い坂道を登っていきます。
何故か、私の心は高鳴りました。息切れではありませんよ。

その女の子に何故か会えるような気がしていたからです。無論、名前も言葉すらも交わした訳でもない女の子。何の根拠もありません。

ただ妙な見えない糸が、私をその場へと誘ってくれている、そんな気がしました。

そして、その坂を登り切った瞬間。私は絶句しました。
そう。私はある事実を完全に忘れていたのです。

数年前、この地は極端な集中豪雨により、多くの方の命を奪い、家屋をなぎ倒していたのでした。かつて、家があった場所には、石が積まれた供養塔が出来ており、風車やお菓子がお供えしてありました。

恐らく、この家の中に住んでいた小さなお子様もいたのでしょう。誰もいない中、私はただただ手を合わせました。

そして、一番山側にあったお寺。子供心にもとても厳かで立派なお堂が立っていたと記憶しておりましたが、当然見る影もなく、あとで新聞記事を確認してみたのですが、あの災害でほぼ全ての建造物が流されてしまったとの事でした。

その後で、近代的なお堂は建設されていたのですが、あまりにもその周辺の山が抉り取られた後を見るにつけ、感じていた幸せが粉々に砕けていくのを感じておりました。全く根拠はありません。でも、私は何となく悟ってしまいました。あの子も命を落としてしまったのではなかろうか？と。
帰りの道は下り坂でしたが、とても悲しい気持ちであった事を覚えています。

そして、数日経ちました。
私はとある道をドライブしておりました。行先は特に決めておりません。気の向くまま、風の向くまま、ただただ自分の道を進んでおりました。