最近転職をして、電車通勤になった。
通勤路が変わったことで、幼い頃に住んでいた家の前を通りかかるようになった。その家は、私が五歳まで住んでいた分譲団地の二階だ。手狭になったため引っ越したと母から聞いている。引っ越した後はすぐに買い手が付き、お婆さんが住んでいたらしい。
ある日、仕事帰りに何気なく見上げると、カーテンが掛かっていなかった。部屋は暗く、人の気配もない。今は誰も住んでいないのだろう。
家に着くと、母の仏壇に手を合わせる。テレビをつけ、スーパーで買った半額弁当を食べる。繁忙期で残業が続き、洗濯をする気力もない。ソファに積み上がった服を押しのけ、そのまま眠ってしまう。母から相続した一軒家を、私は持て余していた。
仕事がさらに忙しくなり、終電間際に帰る日が続いた。
その夜も団地の前を通ると、あの部屋に明かりが灯っていた。
「誰か越してきたのだろうか」
よく見ると、ベランダの手すりの隙間から、小さな子供がこちらを覗いていた。
こんな時間に、親は何をしているんだ。
子供はじっと私を見つめていた。
翌日も、その翌日も、残業で遅くなるとその子は同じ場所に立っていた。
毎日、同じ時間、同じ場所。
気味が悪くて目を逸らし、足早に通り過ぎた。
それでも子供は、私を見つけると嬉しそうに手を振る。
何日目だっただろう。
私は、つい小さく手を振り返してしまった。
それ以来、その子は毎晩のように私を待っているようになった。
ある日、また家の前を通ると、子供は手すりから大きく身を乗り出して手を振っていた。
「危ない!」
思わず叫んだ。
「戻って!」
しかし子供は笑ったまま、さらに身を乗り出す。
私は咄嗟に駆け出した。もし落ちても受け止められるように。
その瞬間、子供の身体がふっと傾いた。
手すりを越え、真っ逆さまに落ちてくる。
間に合え——。
私は両腕を伸ばした。
ずしり、と腕に衝撃が走る。
確かに受け止めた。
……だが、腕の中に子供はいなかった。
呆然と立ち尽くしたまま、肘がじくりと痛んだ。
その痛みで、思い出した。
私は、このベランダから落ちたことがある。

























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