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不思議体験

DDさんによる不思議体験にまつわる怖い話の投稿です

団地の記憶
短編 2026/06/16 21:20 60view

私が昔住んでいた市営団地は、長い長い坂道を登りきった先、四方を鬱蒼とした山々に囲まれた場所にあった。そこだけが周囲の世界から切り離され、取り残されたような、独特の空気が漂う地区だった。

​敷地内には、住人の誰も手入れをしない伸び放題の雑草が茂り、その合間には誰が始めたかもわからない家庭菜園が勝手に作られていた。建設当初お風呂が無かったため、ベランダに増設された風呂場。何十年も放置され、雨風に晒されて錆びついた自転車。古紙回収が来ないため山積みにされたままの古雑誌、階段の登り口の隅に置かれた古タイヤや古バッテリー。そんな雑多な生活の残骸が、当たり前のように風景の一部に溶け込んでいる、そんな昔ながらの市営団地だった。

​山の裏道を通れば小学校まで5分で着くが、団地の近くにはスーパーどころか、コンビニすら一軒も無いという、そんな不便極まりない場所だったが、団地の住民たちは誰も困っていなかった。

なぜなら、団地の一階にある一室を勝手に改装し、個人商店を開いている風変わりな夫婦がいたからだ。

店を営む老夫婦はいつも穏やかで、近所の誰もが「あって当たり前」のものとしてその店を利用していた。

​その店は主に商品の受け渡しを、道に面した窓から行っていて、夏になると窓からかき氷を受け取って団地内の小さな公園で食べていたものだ。

しかし、団地の子供たちが駄菓子を買う時だけは玄関から中に入ることが許可されていた。

玄関の鉄扉を開けると、すぐに生活臭の混じった空間が広がっていて、店内には洗剤やトイレットペーパーといった生活雑貨はもちろん、子供向けの駄菓子や、店主のおばちゃんが手作りしているふかふかのお饅頭なども売られていた。学校帰りの子供たちにとって、そこは格好の憩いの場であり、いつも小さな笑い声が絶えなかった。お饅頭の甘い蒸気の香りは、今でも鮮明に思い出すことができる。

​私が小学校を卒業する頃、団地の老朽化に伴う立ち退きで、私の一家は別の街へと引っ越すことになった。あの長い坂道を下り、四方を囲む山々が遠ざかっていくとき、私は車窓から団地が見えなくなるまでずっと眺めていたことを覚えている。

​大人になってから、ふと思い立ってあの地区のことを調べてみた。しかし、驚いたことに、公的な地図や記録のどこを探しても、私たちが住んでいたはずの場所に「市営団地」が存在したという記録は残っていなかった。ただの古い山林地帯とされているだけだった。

​父や母に聞いても、そんなところに住んでいたことなんて無いと否定された。

あの伸び放題の雑草も、勝手な家庭菜園も、お饅頭の匂いも、全て私の記憶の中に確かに残っているのに…。

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