完璧な新居僕と妻の美紀は、先月念願のマイホームを手に入れた。
都心からは少し離れているが、静かな住宅街に建つ築浅の中古一軒家だ。
前の住人が急な海外赴任で手放したらしく、内装はまるで新築のように綺麗で、家具もいくつかそのまま譲り受けることができた。何より、相場の半額近い破格の値段だったのが決め手だった。
「本当に素敵な家ね。広すぎて、二人だとちょっと持て余しちゃうくらい」美紀は毎日嬉しそうに家を掃除している。特にリビングの大きな窓から差し込む日差しがお気に入りで、
休日は二人でそこにソファを置き、のんびりとお茶を飲むのが日課になっていた。
ただ、住み始めて一週間ほど経った頃から、僕は奇妙な違和感を覚え始めた。
夜、二階の寝室で眠っていると、一階から「コツン……コツン……」と、何かが床を叩くような微かな音が聞こえるのだ。泥棒かと思い、バットを手に持って静かに階段を降りたことが何度もあった。しかし、一階のリビングの電気をつけると、そこには誰もいない。
窓の鍵も、玄関のチェーンも完璧に閉まっている。気のせいかと思ったが、音は毎晩のように続いた。ある日、ついに僕は美紀に相談してみることにした。
「ねえ美紀、夜中に一階から変な音、聞こえない?」
朝食の食パンにジャムを塗りながら、美紀は不思議そうな顔をして首を傾げた。
「え? 音なんて聞こえないわよ。私は毎日ぐっすり」
「そうか……。なんか、床を叩くような、あるいは足音のような音がするんだよ。ほら、前の住人が急に引っ越した理由って、本当に海外赴任なのかな。もしかして、この家に何かあるんじゃ……」
僕が不安を口にすると、美紀は少し怒ったような顔をして僕をたしなめた。
「もう、変なこと言わないで。あんなに親切な不動産屋の佐藤さんが、嘘をつくわけないじゃない。あの人、私たちが引っ越してきてからも、週に何度も『不具合はありませんか?』ってわざわざ様子を見にきてくれるのよ? 本当に親切な良い人じゃない」
「まあ、それはそうだけど……」
確かにその通りだ。担当の佐藤さんは熱心な人で、今時珍しいほどアフターケアが手厚い。
昨日も仕事帰りの僕を家の前で待っていて、「奥様、新しいお家には慣れましたか?」と笑顔で声をかけてくれた。
「それにね」と美紀は笑顔に戻って続けた。
「もし本当に何か出たとしても、この家は私たちが頑張って買った家だもん。私は絶対に手放さないからね」
美紀の明るい笑顔を見て、僕は自分が神経質になりすぎているのだと思い直した。
寝不足のせいで幻聴でも聞いているのかもしれない。僕はそれ以上、音のことを気にしないように決めた。
それからさらに一週間が経った。その日はひどい大雨で、仕事のトラブルも重なり、僕は深夜の2時過ぎにようやく帰宅した。
美紀を起こさないよう、スマートフォンのライトで足元を照らしながら、静かに玄関の鍵を開けて中に入る。
その時だった。「コツン……コツン……」あの音が聞こえた。いつもは二階からかすかに聞こえる程度だった音が、今ははっきりと、すぐ近くのリビングから聞こえてくる。
心臓が跳ね上がった。幻聴なんかじゃない。僕は呼吸を整え、スマホのライトを消した。
暗闇に目を鳴らしながら、音のするリビングへ足音を立てずに近づく。
リビングのドアの隙間から、中を覗き込んだ。外は激しい雨が降っており、街灯の光すら届かない部屋の中は真っ暗だった。
「コツン……コツン……」音は、リビングの真ん中にあるソファのあたりから聞こえていた。
僕は意を決して、ドアの横にある部屋の電気のスイッチを思い切り押し込んだ。
パッと部屋が明るくなる。
「え……?」
僕は絶句した。そこには、誰もいなかった。
美紀もいないし、不審者もいない。
ただ、リビングの真ん中に置かれたソファの影が、不自然に揺れた気がした。
僕は恐る恐るソファに近づき、その裏側を覗き込んだ。
そこには、信じられない光景があった。
リビングのフローリングの床が、ソファで隠れる位置だけ、不自然に四角く切り抜かれていたのだ。切り抜かれた床板は、まるで地下へ続く扉のようになっていた。
その扉が、内側からわずかに持ち上がり、小さな隙間ができた。
「コツン」隙間から、人間の指先が見えた。泥だらけの指が、床の裏側を叩いていたのだ。
僕は声も出せず、腰を抜かしてその場にへたり込んだ。
その時、僕のスマートフォンが震えた。画面を見ると、妻の美紀からのメッセージだった。
『ごめんね、実家の調子が悪いみたいで急に帰ることになったの。連絡遅れてごめんね。今、実家に着いたよ』
送信時間は、今から5分前。深夜の2時過ぎに、実家へ帰る? そんなはずはない。美紀はさっきまでこの家で寝ていたはずだ。パニックになりながら、僕はふと、美紀が朝食の時に言っていた言葉を思い出した。
「あの人、私たちが引っ越してきてからも、週に何度も『不具合はありませんか?』ってわざわざ様子を見にきてくれるのよ?」
「昨日も仕事帰りの僕を家の前で待っていて、『奥様、新しいお家には慣れましたか?』と笑顔で声をかけてくれた」
そして、さっき僕が帰ってきた時、玄関の鍵は閉まっていた。美紀が急に実家へ帰ったのだとしたら、一階の床下にいる「指の主」は一体誰なのだろう……。
























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