俺は頻繁に熱を出す子供だった。
身体が弱かったのか、そういう体質だったのかよくわからないけど、少なくとも月に3〜4回は高熱を出して寝込んでいたような気がする。
熱が出ると決まって毎回同じ夢を見た。
夢の中で俺は、大きな赤い寺の門にいる。
その寺はとにかく壁から屋根から真っ赤で、柱には金銀緑の華やかな装飾が施されていた。
イメージとしては沖縄の首里城の正殿が近いと思う。あれをもっとツヤツヤの真っ赤にして、更に巨大にした感じ。
俺は夢の中で、早くその寺に入らなきゃいけないという焦りを感じて入り口へと向かおうとする。
しかし身体が重くて起き上がれず、手足を自由に動かすこともままならない。
痛くて苦しくて、それでもやっとの思いで這うように進んで、ようやく扉に手が触れる!と思ったところで、急に風景が巻き戻されてまた門からやり直しになる。
それを延々と繰り返すだけの夢。
いくら夢とはいえ、痛みも苦しみもはっきりしているため起きた後は疲労感でヘトヘトになっていた。
ちなみに両親には大人になるまでこの夢の話をしたことはなかった。所詮夢だから言ったところでどうにもならないと、子供ながらにわかっていたのかもしれない。
少し成長すると、夢にも変化が現れた。
というよりは、それまで気がつかなかった部分に気づけるようになったのかもしれないけれど。
まず、そのでかい寺は二階建てになっている。
その二階部分に小さな窓があることに、ある日気がついた。
よく目を凝らして見てみると、その窓から老人が顔を出している。
真っ白な髭を生やした、サンタクロースのような風貌の老人だ。
俺は扉に向かいつつも、その老人を目で追っていた。
すると老人が突然、何か呪文のようなものを叫んで窓から手を出した。
よく小学生男子が遊ぶ時に技を出すポーズみたいな、手から何かを放出するようなポーズだ。
それを見て「あ」と思った瞬間、景色が巻き戻って俺はまた門からやり直しになった。
どうやら、夢の中で何度も俺を門に戻しているのはあの老人らしい。
老人が何かを叫んで手を伸ばすと、景色が巻き戻って門に戻る。何度やっても同じ。
そのうちに俺は『あの老人をなんとか打ち負かしたい。そして寺の中に入ってみたい』と思うようになった。
しかし、小学校高学年辺りから熱を出すことが激減し、熱を出したとしてもあの寺の夢は見なくなってしまった。
そうなると所詮は夢。興味が薄れていくのは当然のことで、いつしかそんな夢のことは忘れてしまっていた。
それから長い月日が経ち、大人になった俺は予想もしない形であの夢を思い出すことになった。
大人になってからの俺はカメラにどハマりし、一人であちこち旅行に行ってはその風景を写真に収めていた。
その日は関西地方のとある場所に旅行に行き、古い商店街や街並み、見かけた野良猫などの写真を撮っていた。
その時に、古い寺の門を見つけた。
木々が生い茂ってほとんど隠れてる上に今にも崩れそうなほどボロボロだったけど、俺は一目見てすぐにその門がかつて夢に出てきた寺の門と同じであることに気づいた。



























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