これはもう20年も前の話です。
お恥ずかしながら、当時の私はいわゆる引きこもりででした。
引きこもりになった理由は無茶なダイエットや大学受験の失敗、滑り止めで入った大学に馴染めなかったことなど、今となっては些細なことでしかありませんでしたが、当時の私はありとあらゆることがストレスで耐えきれず、気がついたら家から出ることができなくなっていました。20歳から30歳までのおよそ10年間、私は外をほとんど知らずに過ごしていたのです。その間で、摂食障害にもなり、リストカットやオーバードーズなども定期的に起こしました。心療内科にも通いましたがうまくいかず、躁鬱のような状態になってしまったので結局行かなくなりました。家にいましたが家事などまったくやらなかったので、仕事をしている家族が夜や休日にやるような状態でした。時々外から家事の音や家族の話し声が聞こえてくるたびに、こんなんじゃいけない、駄目になってしまうと頭では分かっていても、体が動かず外に出られない。そんな状態がずっと続いて、気がつけば10年経っていました(当時引きこもりすぎて年月の感覚が一部バグっていたらしく、10年引きこもっていたと当時の私は認識できておらず、家族に教えられて初めて知りました)
そんなある日、真っ昼間からいつものように布団に潜り込んで鬱々としていると、突然部屋のドアが大きな音を立てて開きました。
ドアには簡単なものではありますが鍵が付いています。私は普段から施錠していました。誰がどうやってドアを開けたんだろう?でも、ドアを開けたのが誰なのかを確認する気力もなかった私は、寝ているふりをしてやり過ごそうとしました。
ドアを開けた相手はしばらく何も喋らず無言の状態が続き、なんなんだと私がイライラし始めた時、突然声が聞こえてきました。
「南無妙〜法〜蓮華経〜」
それは母の声でした。母が私の部屋の前で、念仏を唱えているのです。
ああ、ついにここまで来てしまった。私の状態は、家族に神頼みまでさせるような状態にまで落ちてしまったのか。私は悲しくなり、起きていることがバレないよう布団の中で声を殺して泣きました。
どれだけ念仏が聞こえていたのかは覚えていません。いつの間にか眠っていて、気がついたら夜になっていました。部屋のドアは閉まっていて、鍵もちゃんとかかっていました。
私はその日、久しぶりに部屋の外に出て家族と会話をしました。私の身に起きたことが現実であれ夢であれ、これは家族に言わなければと思ったのです。
リビングにいた家族は、父と兄と姉。母はいません。
母はもう、何年も前に病気で亡くなっているのです。私は母のいない現実を改めて突きつけられ、わんわん泣きました。久しぶりに部屋から出てきたと思ったらいきなりお母さんと泣き叫びだして、家族からしてみればなにがなんだかわからなかったと思いますが、私の話を聞いた家族は誰も私の言葉を疑わず、みんな泣き出しました。
「お前を助けに来てくれたんだろう。お母さんはそういう人だった」
父が私にそう声をかけてくれました。
あれから20年、私は社会復帰し、なんとか自立した暮らしを送ることができています。摂食障害は今も治っていないしメンタルは相変わらず弱くて心が折れそうになることも多々ありますが、そのたびにあの日の母の念仏を思い出して奮起しています。
すでに亡くなっているはずの母があの時私に念仏を唱えた、これがどういった言葉で語られる現象なのか、私にはわかりません。
あの日の出来事はなんだったのか。当時の私の状態は普通ではなかったので、もしかしたらただの夢だったのかもしれません。ですが私は、あまりの状態に見ていられなくなった母が助けに来てくれたのだと今でも信じています。






















※コメントは承認制のため反映まで時間がかかる場合があります。