俺は仕事を辞め、都会から田舎町に引っ越した。行くあてもなくなった俺にとって、小さい頃に亡くなった祖父の空き家は都合が良かった。
ボロいが広く、1人で暮らすには十分すぎるほどのスペース。あっさりと両親の承諾も得られた。
それに、田舎の静けさも魅力で、都会の騒がしさに疲れていたし、これからどうするのか考えるにはこういう場所が丁度いいと思っていた。
だが、住み始めて暫くして、妙なことが起こり始めた。
夜中になると耳鳴りがする。
キィィィィィィ……
最初は疲れや気圧のせいかと思った。
しかし、この耳鳴りは、家の中にいる時だけ起こる。外に出ると、ピタリと止むんだ。
そして、耳鳴りがするとき、なぜか決まって視界の端に違和感を覚える。
──天井の隅。
そこに 何かがいる気がする。
見たくない。
直視してしまったら、何かが取り返しのつかないことになる気がする。
それは理屈ではなく、本能的な恐怖だった。
この家に、なにかがいる。
気味が悪かったが、特に害があるわけでもない。日が経つにつれ、耳鳴りの夜は見ないふりをすることに慣れていった。
それに、確かに見ないふりをしていれば、いつの間にか耳鳴りは止んでいた。
だが、それでも精神はすり減っていく。
ある夜、耳鳴りとともに金縛りに襲われた。
意識ははっきりしているのに、身体が鉛のように重い。
視界の端に、天井に “張り付いている黒いもの” がチラついた。
これまでぼんやりとしていたものが、ハッキリとした形を成していた。
関節が引き伸ばされているかのように不自然にねじ曲がった長い手足。髪の毛はなく男か女かもわからないが、人間の首の可動域を無視し、何かを探すように首をぐるぐる動かしている。
見たくない。直視したらダメだ。
そう心の中で何度も繰り返しながら時が過ぎるのを待つ。
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