塾の帰り道
投稿者:もち (1)
中学三年に進級して、少したった梅雨のころに体験した話。
そのころの放課後、僕は地元の個人経営の塾に通っていた。晴れた日は自転車で片道五分前後で行くことができたが、雨の日は徒歩で15分ほどかけて歩かなければならなかったので、その時期は非常にわずらわしく感じていた。
その日も三日連続の雨で、塾に行くのをとても面倒くさく感じていたのを思っている。
授業を終え、すっかり暗くなった帰路を歩いていると、街頭の少ない細道に入ったあたりで道に面した家から怒鳴り声が聞こえてきた。
驚いて聞き耳を立てると、どうやら母親が子供をしかっているようだった。尋常ではない怒りように若干不信感を抱いたが、それぞれの教育方針があるんだろう、なんて自分を納得させてその日はそのまま帰宅した。
しばらく晴れの日が続き、その家の前を自転車で通ることがあったが怒鳴り声は聞こえてこなかったため、その日はたまたま機嫌が悪かったんだろう、なんて安心していた。
しかし、次の雨の日、また怒鳴り声が聞こえてきた。依然聞こえた怒鳴り声よりもいっそう激しく、幼稚園児くらいだろうか、子供の泣き叫ぶ声も尋常ではなく、警察に通報したほうがいいんじゃないか、なんてその家の電球の色でオレンジ色に光る窓を見つめながら身を硬くして立ち止まってしまった。
その瞬間、ピタッと怒鳴り声が止まった。
傘にあたる雨音と自分の呼吸音がやけに際立って聞こえた。動けなかった。そのまま窓を見つめているとすりガラスの向こう側に人が立った。唐突に窓が開いた。逆行でよく見えなかったが、三秒くらい目が合っていたと思う。
その人影はおもむろに動き出すと玄関の扉のほうに向かっていった。
なんだかまずいことになりそうな気がして早歩きでその場を離れようとすると、背後から鍵を開ける音が聞こえ、ドアの開く音が聞こえた。傘を捨て、あわてて全速力で逃げた。
あれはいったいなんだったんだろう。その日から帰り道は変えてしまったし、新聞にもテレビにも目立った事件はなかったので、ただの偶然だったんだと思う。
けれど、そのときの子供の泣き叫ぶ声は、いまだに鮮明に覚えている。
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