兄の声がする部屋
投稿者:ぴ (414)
私には少し年の離れた兄がいました。
兄はとても頭がよくて、学業全般に秀で、両親の自慢だったと思います。
それだけではなく、家族をすごく大切にする人で、私は兄と喧嘩した思い出が一度もありません。
兄が生きているときは私はまだ幼かったので、何をしてもらったなど詳細なところまで覚えているわけではありませんが、それでも兄には優しくしてもらった印象が強く残っています。
いつも遊んでもらったし、甘やかしてもらった思い出しかありません。
だから兄が交通事故で亡くなったときは信じられなかったし、とてもショックで泣きはらしました。
兄ともう会えないなんて、信じられないと思いました。
けれどそれでも時間は流れていき、私と父はなんとかその悲しさから抜け出すことができました。
兄が亡くなってそこで終わりではなく、自分の人生はまだまだ続きます。
時間が経てば、悲しみも少しずつ癒えていき、私と父は元通りの生活になりました。
ただ兄をことさら大事にしていた母だけは、兄の死が受け入れられず長いこと家の中に閉じこもってしまいました。
兄の七回忌の頃だったでしょうか。
父が「そろそろ元気を取り戻さないと、政樹が悲しむぞ」と母を宥めていたら母がおかしなことを言い始めたのです。
母が突然立ち上がって、「政樹が帰ってきた」と言い始めたのです。
止める父を振り切って、母が兄の部屋に向かいました。
そして誰もいない兄の部屋に入って、一人でぶつぶつと話し始めるようになりました。
その姿は本当に不気味で、父を見ると父も私と同じくとても青ざめた顔色をしていました。
てっきり私も父も母がおかしくなったと思っていたのです。
それまでもずっと引きこもって、兄の遺品を手に持っては泣き出したりと、母はとても情緒不安定でした。
でもそのときまではおかしな妄言を話すことはありませんでしたし、行動だってただ兄を思って泣いたり、ふさぎ込んだりするものだったのです。
それが急におかしなことを言い始めたと思うと、おかしな宗教にまで入るようになりました。
私と父は本気で止めたし、病院に連れて行ったし、いろんなところに相談したりもしました。
それでも母の奇行は止まらず、私と父も毎日疲れてぐったりしていました。
落ち込んでいる母のためにもと思って、兄の代わりにいい成績をとって、いい学校に行こうと考えていたときもありました。
あまりに母が兄を思って悲しがるので、人一倍勉強も頑張って、私が母を前向きな気持ちにさせたいと思っていたときもありました。
だけど兄と比べたらどうしても成績は悪かったし、どう頑張っても何をしても母は兄のことばかりで、私を見てくれなかったです。
次第にやる気も奪われて、だんだんどうでもよくなりました。
私は何をしても兄に勝てないと思うと、すべてがどうでもいいと思うようになりました。
父もその頃に、辛いことがあるとお酒に手を出すようになり、アルコール中毒のようになっていました。
こうして誰も母の言うことを信じなかったのです。
それで良かったと思います。
怖いというよりいい話