拾っちゃった
投稿者:ぴ (414)
あれは仕事帰りの夕方で、周りが夕焼けで真っ赤に染まったくらいの時間帯でした。
いつもの歩道橋を歩いて、家に帰る途中で歩道橋からその下の車道を一心不乱に見つめる学生を見かけました。
なんとなくその背中が寂しそうで、どこか追い詰められているようにも見えたのです。
私は歩道橋を歩いている道すがら、その制服姿の男子高生を見つめていました。
「あ」と思いましたね。
だって、心配していたとおり相手が私の目の前で歩道橋から飛び降りようとするのが分かったからです。
私は咄嗟に「危ない!」と叫んで、その子の制服をぎゅっと掴みました。
確実に掴んだと思うのです。
もし本当に実体がある人間だったら、間違いなく引き戻せたくらいには、間に合う距離だったと思います。
それなのに私の手は男子高生の制服を擦り抜けて、何も掴めなかったのです。
そしてその子は歩道橋の下に真っ逆さまに落ちていきました。
ゾッとするものがありました。
私は思わず目を瞑って、次に起こるだろう大惨事を予想しました。
歩道橋の下は車どおりが多い道路でしたから、その子が車に轢かれる姿が容易に想像できました。
しかし、その後何事もないように周囲は静かで、人が落ちた後に起こるような悲鳴はどこからも聞こえませんでした。
おそるおそる私は瞑った目を開けて、歩道橋から下を確認しました。
そこは普段通りの車が行きかう道路で、歩道橋の下に倒れている人間はどこにもいなかったのです。
疲れていておかしなものを見たのかと思いました。
指で一度眉間を抑えて、さきほど見たものが見間違えだったのかと自問自答しました。
絶対に今見たものが幻覚だとは思えなかったけど、ただ周囲は何事もなかったかのように時間が流れていたので、私は眉間をしばしば抑えながら、歩道橋を渡り終えて家に帰ったのでした。
家に帰って家族みんなでご飯を食べていたら、やっぱり幻覚でも見たんだろうと思えるようになっていました。
まさかそれを拾ってしまったなんて、その時は思ってもみなかったのです。
翌朝、ガンガン痛む頭痛のせいで、朝早くに目覚めました。
熱があって体調も悪く、大事をとって仕事を休むことにしました。
職場に連絡をし、仕事に行く両親を見送り、私は家のベッドに横になりました。
しばらくベッドでうとうとしていたら、なんだか体が重いような気がしたのです。
目が覚めたとき、体が動かなくて意識だけがはっきりしていました。
ああこれは、金縛りだなとすぐに分かりました。
金縛りにかかるのは、これが初めてではありませんでした。
過去に何度か経験があり、だからそれといって焦りはなかったのです。
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