おそらくもう
投稿者:メモ帳 (2)
Aさんは仕事柄、朝が早い。毎朝五時には自宅を出発し、車で三十分運転して職場へと向かう。
夜も明けきらぬ薄暗い時間ということもあって、普段は混み合っている道も快適に走ることができる。毎朝とても眠いが、それだけが早朝出勤の救いだという。
街は車も人も少ない。なので、同じ時間帯に見かける車や人間はなんとなく覚えている。
自宅から十分程度走った交差点の脇には民家があり、その軒先にはいつも老人が佇んでいるという。八十歳を優に超えて見えるその老人は、特に何かをしているというわけではなく、ただ、道路のほうを見つめている。
天候の悪い日以外はいつも立っているので、Aさんは「元気なおじいさんだな」と思っていたそうだ。
ある日、いつもの交差点に差し掛かると、民家の前に救急車が停まっているのが見えた。あのおじいさんかな、と思ったが、知り合いでもなんでもないAさんはあまり深く考えず、そのまま仕事に向かった。
それから数日間、おじいさんを軒先で見ることが無かったそうだ。「もしかすると・・・」毎朝そんなことを考えるようになったという。
二週間が経った頃、ふと民家の軒先に目をやると、あのおじいさんが佇んでいた。Aさんは「あ、あのおじいさん大丈夫だったんだ」と思った。それからまた、毎日のように軒先に立つおじいさんを見るようになった。
季節も暮れに近づいた頃、その日は朝から冷たい雨だった。いつものように交差点に差し掛かり、民家を見るとおじいさんがいた。
「あれ、おかしいな」とAさんは思ったそうだ。天気が悪い日は出てこないはずだ。しかし、この雨の中、軒先に立っているのはあのおじいさんで間違いない。そんな日もあるのかな、とAさんは気にしなかったが、それからも毎日、おじいさんは軒先に立っているらしい。
雨が降っても、雪が降っても、ときには土砂降りの雨でも。傘もささずに、軒先でうつ向くように佇んでいる。
「おそらく、もう、死んでるんだと思います」と、Aさんは言っていた。
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