曰くの裏山にひそむ不気味な影
投稿者:Black (4)
幼い頃暮らしていたマンションには、裏手に小さな山がありました。
そこには鬱蒼と高い木々が生い茂っていて、あまり人の手が入っていない印象で、マンション側から見える範囲では、中に入っていく道も細いものが1本、それも舗装されていないものがあるだけでした。
とはいっても、その中へ入っていく人はほとんど見かけたことはありません。
同じマンションに暮らす子どもたちの間でも、その山を登ってみようといった声があがることはありませんでした。
きっとみな、どこか近寄りがたく感じていたのだと思います。
そんなどこか暗い印象の山には、さらに近寄りがたさを強める要因がありました。
その山中へ続く道の入り口、そこからすぐのところに、小さな小屋が建っていました。
木々の隙間からもその存在が視認できる程でしたので、本当に道に入ってすぐのところにあったのだと思います。
大きさはおそらく、ちょっとした物置程度くらいしかなく、しかも相当古くに建てられたのか、それとも傷みが激しいのか、いまにも朽ちてしまうのではないか、といった見た目をしていました。
台風の時などは、風で壊されてしまうか、いっそ飛んでいってしまうのではないか、と不安に思った程です。
さてその小屋ですが、いったい何のためのものなのか、誰も知る人はいませんでした。
その小屋に出入りする人もいませんでしたし、中に何があるのかも一切わかりません。
そもそも、誰の所有するものなのかも、把握している人は近所にはいないようでした。
持ち主不明、その存在意義も不明の、とにかく不気味な雰囲気の朽ちかけの小屋、として周囲には認識されていたのです。
当然だれもその小屋に近づこうとはしません。
そもそも、その小屋がある山自体にも、少しも入りたいとは思わなかった、というのが正直なところでしょう。
ですが、その謎に包まれた小屋には、さらにその不気味さを煽る噂があったのです。
ただでさえ昼でも薄暗い山のまわり、街灯もそんなに多くはなく、夕方ともなればさらにその不気味な雰囲気が強まります。
そんな中で、なんとその小屋に出入りする影を見た、というのです。
それだけならば、ただその小屋の本来の持ち主などが現れただけかと思ったでしょう。
ですがその時に見かけられた影は、普通の人間の姿ではなかった、黒い襤褸のローブのような布切れを頭からすっぽりとかぶって、ふらりふらりと彷徨う幽鬼のように歩いていた、というのです。
にわかには信じがたい話ですが、以降もその小屋の付近では奇妙な影の目撃談があがってきました。
その奇妙な姿や、覚束ない足取りをしている、といった点は共通していたようです。
そしていつしかその影の正体は、実は吸血鬼である、と噂されるようになりました。
何か特別なきっかけがあったのかは不明ですが、いつからか自然と、あの山の小屋には実はおそろしい吸血鬼が暮らしていて、気まぐれに出歩いては不幸にも遭遇してしまった人物から血を吸い取って殺してしまう、と言われるようになったのです。
その話の信ぴょう性はさておき、そういった話があるだけで、子どもにとっては非常に恐怖でした。
もう絶対にあの小屋には近づかないし、部屋のバルコニーからその小屋のある山の方を見るのも、すこしぞっとしてしまうくらいでした。
そんな状況だったので、マンションに住む子供たちも、その山のある方ではめったに遊んだりはしなかったのです。
ところがある時から、マンション内の子どもたちの間で、ボール遊びが流行ったことがありました。
放課後はたいてい、学年も関係なく集まって遊ぶことが多かったのですが、その中のひとりがボールを買ってもらったとのことで、それを使った遊び、ドッジボールやバレーボール、時にはキックベースなどが流行りました。
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