①別れを告げに
これは、私の父方の祖母がまだ少女だった頃の話だ。
その時は昭和19年(1944年)であり、祖母は高等女学校(尋常小学校を卒業した女子が進学する学校)に通っていた。
サイパンが陥落し、日本本土のほぼ全域がアメリカの爆撃機であるB-29の攻撃範囲に入った年である。この年に日本の敗戦がほぼ確実になったと言われている。
勿論、祖母が生まれた◯◯県(中部地方)の工業地帯もその翌年に爆撃を受けているが、本人の実家はのどかな農村にあった為、空襲の被害に遭うことはなかった。
その年の夏のある夕暮れ時に、祖母は幼い妹(私の大叔母)と一緒に家の縁甲板に座って、夕涼みをしていた。
空は青灰色から冥色に変わり、燃え盛る火の鳥のようだった雲も夕闇に飲まれて見えなくなった頃だった。
二軒隣にある家の屋根から、″炎の球のようなもの″が突然にシュッと出てきたのだ!
祖母は最初、それを見て「火事だ!」と思ったらしい。けれども、″その焔″は屋根に広がることも大爆発を起こすこともしなかった。ただ、そのお家の屋根の上でジジジ、ボボ、ボボと小さな火の粉を撒きながら、ゆっくりと浮遊していたのだ!
祖母の尋常小学校に通う妹は、2軒隣のお家の上空に見える″火焔″が火事などではないと気づき、大変にたまげたという。彼女は怖さのあまり半ベソをかきかき、「お母さーん!」と大声を上げて台所に走っていったらしい。
祖母も妹に続いて調理中の母親に、
「2軒隣の◯◯さんのお家の屋根の上に、人魂みたいなのがいるよ!」
と、伝えた。
祖母の妹は「お化けえ!」と泣き叫び、布団の中で震えていた。
祖母の母親(私の曽祖母)が料理の手を止めて縁甲板に出ると、【人の頭ぐらいの大きさのあかい火の球】がすでに祖母の家の庭の上空に来ていて、ジジジッ、ボワボワと火片を撒きながら小さく揺れ動いていたというーーまるで、祖母の母を待っていたかのように!
そのうち、その怪火は祖母の母と祖母の前でゆっくりと、フカフカフカフカと揺めきながら、大きな弧を描き始めた。火の粉を巻きながら舞う【それ】はとても印象的で、祖母と祖母の母にとってはとても長いこと踊っているように見えたことだろう。
その律儀な火の玉はやがて踊りをやめて、手を振ってバイバイをするように少しずつ遠ざかっていった。そうして、2件隣の自分の家の屋根まで戻り、すうっと中に入っていった……。
その2件隣のお家では、祖母の大伯母さんが長患いをしていらっしゃった。あの鬼火を見送った後、祖母の母はしんみりとして、
「伯母さん、もう長くないんやろうなあ……。」
と、小さな声で呟いたらしい。
残念なことに祖母の母の予感は的中し、それから数時間も経たないうちに、祖母の大伯母さんが息を引き取られたという知らせがあった!
その翌朝から近所の女性達が集まり、皆でお通夜の準備をしていた。その中で祖母の母は、
「夕べ、うちの家の屋根の上に人魂が出たのよ。」
と、口を滑らせてしまった。
そうしたら、お知り合いの女性の一人が、「それ、わたしも見たわ」と切ない口調でおっしゃったので、祖母の母はゾワァァッと怖気を感じたという。

























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