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不思議体験

翔真さんによる不思議体験にまつわる怖い話の投稿です

霧の中で
長編 2026/02/20 19:02 148view

「万が一、大雨になった際沢の近くにおられたら、すぐに沢から離れ高台へ上がるか、引き返して下山してくださいね。鉄砲水が怖いですから。」

ガイドは空を見上げ、まぁ、と言いながら言葉を続けた。

「今日明日は晴天で天気も崩れなさそうですから、大丈夫とは思いますがね。–––時々、この屋久島は気まぐれな時がありますから。それでは、お気をつけて。」

私達は入山し、快調にトレイルを進んでいった。
途中、持参したガスバーナーでコーヒーを煎れ、休憩がてら辺りの風景を楽しんだり、地図を見ながらああでもない、こうでもないと議論しながらのトレッキングは、実に私達を高揚させた。
屋久島トレッキングという非日常が男子特有の冒険心に火をつけ、余計に心を解放させる。

更に奥へ歩を進めると、徐々にシダ類の原生林が目立ち始め、緑が色濃くなっていった。
時折頭上を見上げると、照葉樹からの木漏れ日が幻想的だ。
屋久島の豊かさを五感で味わうように、胸一杯に空気を吸い込む。

「おい栗田、これ見てみろよ。」

渡辺が指差す先に、細長の白い花を咲かせた植物が生えていた。葉は瑞々しく可愛らしい

「ヤクシマシライトソウだ。双子葉植物で、本土に自生しているシライトソウの亜種とされているんだよ。屋久島で独自の進化を遂げたってのが定説だが、俺はそうは思わないね。というのも、ヤクシマシライトソウのDNAを紐解くとーーー」

渡辺が興奮気味に持論を展開させていると、奇妙な光景が眼前に現れた。ネズミの大群が列を成して移動していたのである。方向的にはどうやら沢の方からである。
私はそれに近づくと、思わず感嘆の声を上げた。

「すごい、あれは多分ヤクシマヒメネズミだよ。こんな所で、しかもこんな大群に出会すなんて、信じられない。」

このネズミは屋久島のみに生息する固有亜種である。幻のネズミとも呼ばれ、それ故に生態はほとんどわかっていない。
恐らくはジネズミと同様と推察できるが、屋久島という独自の生態系を鑑みるとそう決め付けるだけでは早計である。
私は、はやる気持ちを抑えて胸にぶら下げていた一眼レフでシャッターを切った。

「すごい場所だな、屋久島は。」

「あぁ、本当に来て良かった。それに、結局俺達にとっては研対(研究対象の略)に対する知的好奇心が全てって事が、よくよく分かったよ。」

そう言いながら渡辺は額の汗を拭う。
すると、冷たい水滴がポツリと私の頬に滴り落ちた。
それをきっかけに、水滴はやがて数を増しあらゆる範囲に広がっていった。 

予想外の雨である。

それも勢いを増し続け、辺りは雨音で一杯になった。

「参ったな、どうする?引き返すか?」

「いや、引き返す事はないだろう。とにかく、沢から離れよう。ここから南西へ30分も進めば小屋がある、とりあえずそこを目指そう。」

渡辺の問いに大声で返した私は、手で進むべき方向を指差す。
私達は慌ててジャケットを取り出し、フードを被ると山小屋を目指した。

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