藁にもすがるような、だけど覇気がなく、不気味だけど高圧的ではないので、
母と私は「結構です。他を当たってください」と突っぱねて帰しました。
意外とすんなり。何度か引き下がる事なく、彼曰く「ノート」を売りつけようとしてきましたが、何とか扉を閉める事ができました。
「怖かったね」なんて言いながら。
夏休みになると決まって父の働く料亭に一ヶ月間滞在するのが行事でした。
友達もいない旅先なので大してつまらない夏休みを過ごし、団地に帰ってきて家の玄関の前に立ったら隣人の扉の前に蝿が大量に死んでました。
見たこともないぐらいの蝿です。
「隣の人、なにしてんの?」
と疲れた体で帰ってきた夜中に思っていたら6階に住むE家のお母さんが私たちが帰ってきた音に気付いたのでしょう。
慌てて降りてきて、
「Kさん(我々家族)が旅行に出掛けたその日に隣の人が首を吊って死んだの」
ぎょっとしました。
ぎょっとはしましたが、あんまりピンと来なかったです。
兎にも角にも隣人が自殺した事で、帰ってきたからもドヨンとした空気。何だか薄気味悪いような、玄関に近い水回りが怖くて、近づきたくない。
そこから、絶妙に奇妙な事が続きました。
私が住む団地、56棟だけ階段を照らす蛍光灯が頻繁につかなくなりました。とか。
友達と遊んで帰ってきた際、団地の一階に足を踏み入れると蛍光灯が消える。5階まで上がる螺旋状の階段すら自殺がなくとも怖いと思っていたのに、自殺があって以降は3階辺りで蛍光灯がスイッチを押したみたいに消えたりして、いつも命懸け。
意を決して階段を猛ダッシュ。
鍵を持ち歩いていたわけではないので、5階に着くと家のピンポンを押すのですが、妹か兄、母の誰かが開けてくれるまではラグがあるので、その間横の扉、首吊り自殺した人の家の扉をチラチラ見る時間が何とも怖かったです。
玄関は赤黒い重厚な鉄の扉で、古びた団地なんです。蝿は何故か駆除しても定期的に死んでいたし、玄関扉には細長い四角い枠の覗き窓がついていて、基本的にはどの部屋も小さなカーテンのような、暖簾のようなものをマグネットを利用して覗き穴を塞いでいるのですが、誰も住んでいない事から覗き穴が開いていて、部屋の中が見えるわけではないのですが、向こう側から覗かれそうな気がして更に怖かったです。
覗く場合には目だけ現れるような窓だったので、首吊り自殺した人の部屋だと思うと何度も言ってますが、怖かった。
少し前に書きましたが、奇妙な事は頻繁に起きるようになったんです。
三つ歳の離れた妹が小学校に遅刻した時、一人で投稿していたら後ろからランドセルを引っ張られて倒れたと。振り返っても誰も居なくて、あれは隣人の仕業だと帰ってきた妹が泣き喚いていたりもしました。
何でもかんでも当てはめてやろうと思っていなかったので、ふーんと思っていました。
でも、確かに頻繁でした。
些細な事ではあります。
誰かが噂するような事はなかったし、あくまで自殺した人の隣の部屋に住む隣人の我々家族だけが、小さな怖さを毎日少しだけ摂取していたような、残り香を延々と嗅いでいるような、温い空気と共に暮らしていたように思います。
自殺から1年ぐらい経った頃、
隣の部屋に引っ越してきた人がいました。






















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